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退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」 Posted on 2022/08/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はのんびりしようと思っていたら、
「パパ、引っ越しの前に、細かいものとか小さなテーブルとか、自分で運びたいんだけど、手伝ってもらえないかな」
と息子に頼まれた。
「え、引っ越し屋さん、頼んだんだから、全部、やってもらおうよ」
「でも、今日、ウイリアムがテレビを届けに来てくれるんだ。トマとアレクサンドルが電気屋に付き合ってくれるというから、11時に、待ち合わせてる。どうせなら、何かは運んで、ちょっとずつ引っ越しの準備を進めていきたくて」
「そうか、OK、じゃあ、行くか」
息子は、引っ越しが楽しくてしょうがないようだ。
そして、息子の友人のオタク4銃士たちも、なぜか、自分のことのようにそわそわしているみたいだ。(真面目ないい子たちなので、そこは安心)
自分たちのアジトにするつもりなのだろう。やれやれ。
高校時代、学校の近くに下宿があり、地方の子たちが住んでいた。そこが毎日、友人たちのたまり場になっていて、麻雀荘みたいだった。生活指導の先生(ガンズ先生)が毎日、怒鳴りこんでいた。青春と言えば青春であった。息子たちは、麻雀はやらないが、毎日そこに集まり、ゲームをやるのであろう。
「そのテレビって、ゲームのためにだろ」
「知らないけど、たぶん、そうなるね」

退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」



地下室にしまってあった四角い小さなテーブル(それこそ麻雀卓のような形の)を車に積んで運んだ。
「パパ、電気屋に行って、洗濯機と冷蔵庫と電子レンジを買わないとならない。月曜日から一人暮らしなのに、生活が出来ない」
「一緒に行くか? 」
「あの、買うもののリストは出来てるから、パパが大学街にある電気屋まで行って、お金を払う。洗濯機はちょっと時間がかかるみたいだから、数日待つけど、電子レンジと冷蔵庫はあとでみんなで取りに行くよ」
「え? パパが一人で買いに行くの? 三四郎と?」
「いい? 部屋の掃除とかやってから、取りに行くから」
「パパ、レコーディングの打ち合わせがある」
「電気屋さん、そこなんだけど。間に合わない?」
やれやれ。

退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」

※ この周辺にパリ大学がいくつかあって、そこに息子は通うのであーる。



「すいません。これがリストなんですが、揃いますか?」
とぼくは電気屋の店員さんに息子がメモした電気製品の型番の書かれた紙を手渡した。
電気屋は学生街、ここは都市整備された、まるで日本のような近代的な街だった。こんなパリもある。息子のアパルトマンからメトロで一駅程度のところに・・・。
息子の大学もここからそう、遠くない場所にあった。

電気屋の店員さんがいい人で、息子さんのためならしょうがないですね、とぼくに同情してくれた。(彼はミニチュアダックスが大好きで、ずっと三四郎に話しかけていた。笑)
「冷蔵庫がこれです」
「これ、手で持って帰れますか? 今日、とりに来たいと言ってますけど」

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「ま、若いなら、抱えて持って帰る人もいますね」
写真をとって、息子に送った。大丈夫、メック(野郎)が四人いるから、という返事が戻って来た。
「メックが4人いるそうです」
「ああ、じゃあ、大丈夫でしょ」
フランス人の引っ越し、とくに若い人の引っ越しは仲間たちとやるのが当たり前で、普通は小型トラックをレンタルして、業者に頼まず、全部やる。でも、まだ誰も免許を持ってないし、事故られても困るので、ぼくは業者に頼んだ。
冷蔵庫くらいは持ち帰りが当たり前のようだ。洗濯機だけは「取り付け」工事があるので、日にちを指定した。9月2日に業者さんが取り付けに来ることになった。
ぼくはお金を払い、その引換証を持って、もう一度、息子のアパルトマンへと向かった。
メックがすでに終結しており、みんなで部屋の掃除をやっていた。
うわ、テレビがめっちゃでかい。

退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」



テレビ台の上に巨大なテレビが鎮座している。
「こんなにでかいテレビ、これ、ウイリアム、いいの?」
「いいんです。使ってないから、あると便利ですよね」
「便利って、ゲームやるんだろ? ここで、みんなで」
4人が笑顔になって、頷いていた。
「あのね、君たち、大学生になったら、勉強をしないとダメだよ」
「はい、ムッシュ。ご忠告、ありがとうございます」
とりあえず、ぼくはロブソンに会うためにそこを飛び出した。
今日は、パリ中心部のカフェで音楽プロデューサーのロブソンとレコーディングの話し合いがある・・・。遅刻してしまう・・・。

退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」

※ プロデューサーのロブソンさん。ブラジル人であーる。

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※ 冷蔵庫を軽々と持ち上げるメック野郎たち!!



「仕方ないね、それが青春だ」
ロブソンが、自分がバークレーで勉強していた頃の話をしだした。
やれやれ。
そこに息子から冷蔵庫を運ぶ、メック野郎たちの写真が届いた。
それをぼくはロブソンに見せた。
「あはは、どれが息子さん?」
「いや、息子は写真を撮ってる」
「すごいね、この子たちを顎で使える息子さん、大物になりますね」
「息子はね、ぼくを一番、顎で使ってますよ」
あはは。

つづく。

ということで今日も読んでくださり、ありがとう。
ロブソンとは、どういうアルバムにするか、いろいろと話し合いをしました。ECHOESやソロ時代の自身のセルフカヴァーアルバムになるのだけど、レコーディングの仕方とかいろいろと話し合って「GO」することに決定、お楽しみに。12年ぶりのフルアルバム、しかも、完全、パリレコーディングのアルバムになるでしょう。

地球カレッジ

退屈日記「息子にこきつかわれて、くたくた父ちゃんの引っ越し日記」

※ ECHOES時代のアルバムを聴いて、選曲中・・・。



第6回 新世代賞作品募集
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