JINSEI STORIES

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」 Posted on 2022/10/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、長年の主夫人生、献立「おにぎり」に対してだけは、息子くん、嫌な顔一つしたことがない。
「夕飯はなに?」
「おにぎりだよ」
だいたいの場合、息子の顔が明るくなる。
じわっと彼の喜びが伝わってくる。
「具はなに?」
「梅おかか、塩昆布、鮭、ツナマヨ、あたりかな」
ふだん、むっつりの息子くんがうれしそうな顔になった。
「唐揚げも」
「いいね。そうしよう」
おにぎりと唐揚げ、これはもう、最強の献立ということになる。

ぼくがシングルファザーになった時、毎日、和食弁当を作っていた。息子に日本の心を忘れさせないために、である。
和食弁当の中で、一番人気は「おにぎり弁当」であった。
今もたまに作るのだけど、やっぱり、唐揚げは欠かせない!
なぜだろう、おにぎりと唐揚げは黄金コンビである。

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」



辻家のおにぎりはもちろん、ぼくの母さんの握り方、作り方を踏襲している、伝統的な辻家握りである。
すぐに食べるおにぎりは、炊き立てのご飯で握るのがコツだと母さんは力説していた。
なぜ? と聞いたら、おいしいからだよ、ほかに理由は必要なか。笑。
食べてみんか、と言われて食べたら本当においしかった。
ぼくも真似して炊き立てを握ろうとしたことがあるけど、熱くて、とても握れなかった。
たしかに、母さんのおにぎりは世界一、おいしかったけれど、おにぎりというものはお弁当にすることが多いので、熱いご飯で握ると傷みやすい。
受験勉強で夜遅くまで勉強をする息子に出す夜食おにぎりは冷えたご飯で握る。
母さんの握り飯に対抗するわけではないが、ぼくの握り飯は冷めてこそ力を発揮する。
そのためには硬めにご飯を炊き、できれば前の晩からお米は浸水させておく、一度、炊き立てのご飯をボウルにうつし、熱をとる。
お米がべちゃべちゃだと米粒の触感が埋もれてしまうので、必ず硬めに炊くのが重要である。
具は中心に置くだけではなく、どこからガブりついても満遍なく具が口の中に入るように配置する。
お米を握るときは、一握り必勝のような感じで、数回で握り終えるように訓練していく。
海苔は食べる前にガスコンロでちょっと焦げそうになるくらい突っ込んで焼き炙る。
食べる直前に海苔を巻いてかぶりつく。うーん、スモーキー!

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」

おにぎりには、大きくわけて三つの形があるけど、わかるだろうか?
三角形のおにぎり、丸いおにぎり、そして俵型のおにぎりだ。
大昔の人々は、神様は山にいると信じていたので、三角形のおにぎりが出来たのじゃないかという説がある。
俵握りも、昔の人々にとってお米が生活の基本だったから、俵型の握り飯が出来たのも想像に容易い。
ぼくは丸いおにぎりが専門なんだけど、この丸形も、人によって、微妙にカタチが違っている。
ここにも何か意味があるのだと思う。
ちなみに、ぼくはおにぎりを作る時は、そこに必ず父ちゃんの思いを込めている。
地球や月や太陽のような丸いおにぎりは、それが丸であれば丸であるほど、心がこもる。
ぼくは握っている時に、祈ってることもある。これを食べる息子が世界や人々と丸くおさまってほしい、と。
あるいは米を握ることで、この世界のあらゆる希望や夢や祈りをそこに強くこめたい、と。
そして、米を丸く握ることでぼく自体、穏やかな人間になっていきたい、と思うのである。

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」



パリでは最近、おにぎりブームが爆発中で、オペラ地区などにおにぎり専門店が登場し、大ヒットしている。
オペラのうどん屋がおにぎり機械を輸入したのが、ぼくの知る限り、フランスでおにぎりが市民権を得る第一歩であった。
今や、フランスの有名スーパーなどでも買うことが出来るほどポピュラーになった。
ちなみに、フランスのおにぎりは一個、400円くらいなので、ぼくなんかはちょっと手が出ない。笑。
自分で作れば、ほとんどお金がかからないので、時々、フランス人の仲間への差し入れにもっていっては喜ばれている。
フランスでは、すしに負けないくらいおにぎりファンが拡大中である。
日本のソウルフード「おにぎり」が世界のソウルフードになる日が来るような気がする。すでに、なっているか!
うちの息子の親友のウイリアムやアレクサンドルらが、ぼくに正統的なおにぎりの作り方を習いたい、と言いだしている。ふふふ。
おにぎりは日本の心を伝えるうえで、もっとも重要な食べ物の一つなのである。

リサイクル日記「父ちゃんの料理の中で、息子が一番好きなものは、たぶん、おにぎり」

※こちらの小むすび弁当は息子が小学生(11歳)の子供の日に作ったものである。
息子くん、「うーん、うまい」と喜んでくれたんだけど、今は、あまり言葉にしなくなりました。素直になりなさいね。えへへ。



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