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滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」 Posted on 2022/10/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリに戻った。田舎の空気があまりに良いから、咳は止まった。
これで、公害のパリに戻って、どうなるか、人体実験であーる。
冷蔵庫に、食材が少し残っていたので、おにぎり弁当を作って、高速の休憩所で食べた。
この移動も苦にならなくなった。
三四郎が長距離の移動に慣れてくれたので、有難い。
父ちゃんは無機質な駐車場の中心で、卵焼きを頬張った。
父ちゃん、料理上手かぁ、うまか~。えへへ。一人芝居なのだ。

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」



大学の授業が終わったら、息子がやって来ることになったので、急いで、片付けた。
新しいアパルトマンは引っ越したままの状態になっていて、(というのも、予定ではまもなく日本で映画撮影が再開されるので)、新居(事務所兼自宅)は足の踏み場もない。
事務所スペースは書生になった長谷川氏を中心に、時間をかけて、片付けをお願いしているが、(IKEAで新たに買った机とかソファなどが今日、土曜日に届くので)、ここの整理整頓は週明けからになる。
ぼくが生活をする居住区は段ボール箱が天井まで積み上げられていて、こちらはとりあえず気管支炎が治ってからの整理整頓になるだろう。
今は、片隅でなんとか寝られる状態にした・・・。
ということで、事務所の一角にあるぼくの仕事部屋を片付け、息子との作業が出来るように、した。
息子との作業というのは、映画「中洲のこども」の音楽を息子が担当するので、彼と完成したところまでの映画を一緒に見ながら、「ここに音楽をいれよう、こういう音楽にしよう」と話し合うこと・・・。
まさか、親子でこういう仕事が出来る日が来るとは、なんとなく、想像はしていたけれど、不思議な気分である。それに、やりにくいなぁ。えへへ。

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」



とりあえず、作業の前に、近所のタイ料理屋さんにご飯を食べに行くことに。ぼくはトムヤンクンを注文した。
「どうなの? 最近」
「うん、今日は東南アジアの都市開発の現状などを勉強したよ」
「ほー。いいね。大学は面白いかな?」
「うん、毎日、凄く刺激的、勉強が」
「それは素晴らしい。ちゃんと食べてるか?」
「うん、毎日自炊してる。一キロ2ユーロ(280円)の日本米を見つけたので、それを毎日炊いて食べてる。食べる前に一時間浸水してから炊飯器のボタン、押してる」
「本格的やね~」
「やっぱり、美味しく食べたい。食べるなら」
ちょっと嬉しい父ちゃん。長年料理してきた甲斐があった。ちゃんと育っている。
「あ、パパ。トマの誕生日会をうちでやるんだけど、腹にがっつり溜まって、美味しい、新しい日本の料理を食べさせたい。何がいいかな? 作り方、教えて」
うーむ。悩む、父ちゃん・・・。
「とんかつは? 味噌カツとか美味いぜ」
「あ、それだ。それがいいね」
そこでとんかつの美味しい作り方を伝授した父ちゃんであった。
卵の潜らせ方のコツとか、揚げ温度を測るコツとか、揚げる音で出来具合を聞き分けるコツとか、どこのパン粉がいいかとか、いろいろ・・・、長年、培ってきたものを、息子に伝えることの喜び、・・・。
思えば、この父子は食べることでずっと繋がってきたなぁ。
喧嘩もしたけど、食べることで仲直りもしてきたねぇ。食べることが、生活だったから・・・。当然なのだ。
「やってみる」
「おっけー」

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」



新居の仕事場で、パソコンに映し出される映画「中洲のこども」の完成したところまでを一緒に観ながら、ここにこういう音楽をいれたらどうだろう、などと話し合った。
「どう思う? ここは暗い気持ちを表す低音のシンセとか、よくない? こんな感じ」
ぼくが口で演奏してみせる。じっと聞いている息子くん。
「うん、いいかもね」
「この少年の気持ちに寄り添う音楽にしてほしいんだ。すべての音が、この子の気持ちを表していく」
「わかった」
戸籍のない少年が、山笠のお祭りや、中洲の人たちに支えられてけなげに生きるという話なのだけど、・・・その子と自分が重なるところがあるようだ。
この場面、いいね、という感想を時々、呟く。
そして、メモ帳に、何か書きこんでいる。
ほー、どんな音楽が出来てくるのか、楽しみだ。
「できそう?」
「うん」
「じゃあ、10月の25日までに主題歌と映画音楽全部貰える?」
「わかった」
淡々とした子である。
どこに喜びの沸点があるのか、いつもよくわからない。きっと、とんかつを揚げている時の方が笑顔なのだろう、と思った。あはは。ま、子供でいいのだ。
23時半に、帰って行った。
自分の住処へと戻って行く息子の後ろ姿を見送った。
ドアを閉めると、三四郎がぼくを見上げていた。
あはは。泣きそう・・・。

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」



つづく。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。
マガジンハウスの大島さんから、拙著「息子とぼくの3000日」が王様のブランチで4位に紹介されましたぁ、と動画が送られてきた。ほんと、じわじわっと、皆さま、応援ありがとうございます。ぼくらは次の3000日に向かって、新たな船出をしているのですけど、これも最初の3000日のおかげだと思っています・・・。まだまだ、いろいろとあるでしょうが、息子の成長を見守る、父ちゃんなのでした。

地球カレッジ

滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」



滞仏日記「ついに息子との仕事がはじまる。まず、とんかつの作り方を教えてやった」

※高速の途中でみつけた林檎・・・。

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