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滞仏日記「続・オランピアへの道。組織と金がない父ちゃんには無理なのかぁ!」 Posted on 2022/10/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ということでいったい人間は何歳まで夢を追いかけていいのか、というテーマで今日も前向きに生きている熱血父ちゃんなのであーる。
田舎から急遽帰って来たのにはそれなりの理由があった。
フランスで最も有名な歴史的コンサートホール「オランピア劇場」でライブをやりたいという無謀な夢を抱いていることは、何度もここで打ち明けてきた通り。はい。
周囲に、気が変になったのか、などを言われながらも、その険しい道をここ数年、登って来たのだ。
オランピアでライブをやったアーティストといえば、エディット・ピアフ、デビッド・ボウイ、マドンナ、ミッシェル・ポルナレフ、シルヴィ・バルタン、マレーネ・デイトリッヒ、ザ・ビートルズ、ザ・ローリングストーンズ、など、そうそうたる顔ぶれなのである。
そこに父ちゃんも立ちたい、というのだから、ぶったまげた~。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」ということわざを座右の銘にして頑張ってきたが、よく考えたら、為さないなら成らぬわけで、これ、当たりまえやろが・・・。
在仏歴20年、地道に音楽活動も続けてきた。作家としても何冊も出版してきた。
年齢的にもやるならいまだ、と思ったのであった。
しかし、フランスの有名アーティストでさえも、なかなかできない、いろんな意味で怖気づく歴史的ミュージックホールである。
誰でも彼でもそう簡単に、立つことは出来ないのだ、敷居が高い、当然である。そこはなにせ「オランピア劇場」なのだから・・・。

滞仏日記「続・オランピアへの道。組織と金がない父ちゃんには無理なのかぁ!」



先週のこと、プロモーターのベルトランから、オランピア劇場でのライブに明るい進展があった、その件で話がしたい、と連絡があった。
明るい展開? マジか、ぼくはパリに戻ることになった。
そして、今日、ぼくらはカフェで向かい合った。父ちゃんが所属する事務所の代表、マダム・モーリヤック、そして、仮弟子の長谷っちも同行した。
長谷っちだが、フランスのグランゼコールを卒業していたことが判明したのだ。凄い大学なのであーる! 
その長谷っちが同時通訳を担当した。
「まだ、結果は出ていないので、早合点はするなよ」
ベルトランは先手を打った。
「オランピア側としては『アーティストTSUJIは可能』という返事が来たんだ」
父ちゃん、ひっくりかえりそうになった。かのう、かのう、かのうてんめい・・・
「今、なんて言った?」
かのう、かのう、かのうしまい・・・。
ぼくは長谷っちに訊いた。長谷川がテーブルの下で、親指と人差し指を合わせて、OKマークを出している。むむむ、マジか。
父ちゃん、次の瞬間、舞い上がってしまった。もう、何も聞こえなくなっていた。
この瞬間に死んでも後悔はない・・・。
渡仏から20年、やっと夢が実現するかもしれない、涙が溢れそうになった。ううう。泣いてしまううううう。
「ツジー、待て、待て、そんな顔するな。気が早い。これは可能性の話で、実現するには、いくつもの難関がある。まだ、ここからが長いんだ」
「先生、まだ、早合点をするな、とベルトランさんは言うてますよ」
長谷っちが、テーブルの下で、OKマークを崩し、×マークにした。おお、×か、ダメなのか、・・・目が覚めた。どういうことだ?
マネージメント会社の代表、マダム・モーリヤックが、流暢なフランス語で、ベルトランと話を始めた。
話が早すぎて、ついていけない。
もちろん、ベルトランが言ってることのだいたいは理解できるが、興奮しているので、間違える可能性もある。長谷川がいい仕事をした。
要約すると、会場費がとっても高いが、その会場費をコロナ禍後の厳しい状況でベルトランの会社が負担出来ない、というのである。



「オランピア側は日程を出してもいいと言っている。でも、そのためには、会場費をまず払わないとならない」
「いくら?」
「〇▽×◇〇〇××」
ええええ、高い~。ひゃあああ。
「ツジー、オランピアだもの」
「ま、待て。ベルトラン。オランピアが日程を出してくれるというのは凄いことだから、それはいい話ということで、いいね?」
「その通り。これは、確実な話で、日程が出たら、それを確定する。その時に、会場費を払わないとその日程は流れてしまうんだ。確定を出したら、2週間の支払い猶予がある。払ってしまえば、何でもできる」
「なるほど・・・」
そして、過酷なコロナ禍を乗り切ったばかりのベルトランの会社にも、モーリャックさんの会社にも今は潤沢な資金がない。
「先生、あの、ぼく、ちょっとですが貯金があります。使ってください」
「うるさい! 黙れ!」
父ちゃんは長谷川を黙らせた。(実際には優しくである。あはは)
そういうことじゃないのだ。これは音楽の興行である。チケット売り切って、成功させないとならない。
「ベルトラン、スポンサーを集めてもいいかな」

滞仏日記「続・オランピアへの道。組織と金がない父ちゃんには無理なのかぁ!」



「ああ、もちろんだよ。どんな有名アーティスとでも、オランピアの場合、赤字になるから、4,5社のスポンサーが協賛しているんだ。ポスターの下に会社のマークが並んでるだろ? あれだよ。ただ、製作費も必要になる。2週間以内に」
「オッケー、チケット完売も目指すけど、まずは、スポンサー探してみる。仲間がいるから」
たかがお金のことで出来ないのは馬鹿らしい。
ぼくはオペラ地区でうどん屋を経営する野本にその場から電話をかけたのである。
「あ~、ひとなりかぁ、久しぶりやなぁ、どうしたん? 引っ越し終わったんか? 気管支炎だってな? 読んだで、デザイン何とか・・・もう若くないねんから、無理はあかんって」
「あのな、呑もちゃん」
「ほい」
「お前、言ったな。オランピアくらいやったれよって」
「は? ああ、言った。やったれ、天下のひとなりやろが」
「じゃあ、お前、スポンサーやれ。天下の野本やろが」
「おお、やらないでか? やるぞよ」
野本が坂本龍馬に見えた。
「高いぞよ」
「いくらじゃ~、土佐の男に二言はない」
「〇▽×◇〇〇××」
「げええええ、あほか!!!!! 高いにもほどがあるやろ!」
「だから、言ったやろ、高いって。そうか、あかんか、土佐の男はあかんのか」
「ひとなり、ちゃう。ともかく、明日、飯でも食うか? そこで話しあお?」

滞仏日記「続・オランピアへの道。組織と金がない父ちゃんには無理なのかぁ!」



滞仏日記「続・オランピアへの道。組織と金がない父ちゃんには無理なのかぁ!」

※ 右がベルトラン。父ちゃん、お疲れです・・・
かのう、かのう、かのうしまい!!!!

つづく。

ということで、明日、急遽、野本と飯を食べながら、オランピアのスポンサーを引き受けられるか、話し合うことになったのであります。「自分のコンサートにアーティストが出すのは違うでしょ」とモーリヤックさんに窘められました。みんなでスポンサーを探し、実現させよう、ということになって、今日の会議はお開きになったのでした。大きな前進もありましたが、2週間というタイムリミットは、バックボーンのないサムライロッカーの父ちゃんには大難関なのです。しかし、絶対、負けません。
さ、皆さん、ここで、大合唱をお願いします。大声でお願いしまーす。
「合言葉は熱血!!!!!!!!!」
あはは。

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