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退屈日記「俺の妻とキッチンでカラオケ大会をした、超幸せな夜であったぁ~」 Posted on 2022/12/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、W杯、フランスが英国に勝ってパリは騒然となった。
勝利の瞬間、ぼくの家の周りで歓声が上がり、それ以降は夜中までどんちゃん騒ぎとなった。
ぼくはボレー(鉄の雨戸)をしめて、三四郎と居住区の奥の部屋へと退散することに。(事務所側が通りに、居住区が中庭に面しているので、外の音が届かない)
三四郎はバスルームが広いので、そこを拠点にしてもらっている。笑。
ぼくが風呂につかっている間、さんちゃんは自分のベッドの上に。車移動で疲れたのか、寝ているようだ。そのまま今日は寝てしまう感じかな・・・。
風呂上り、頂いたレユニオン島のラム酒をコーラで割って舐めた。パリに戻って、やっと自分のアルバムをダウンロードすることが出来た。
出来なかった理由がわかった。クレジットカードが新しくなり、前のが使えなくなっていたのだ。新しいカード情報を入れたら、あっという間にDL出来た。
自分の音楽なのにずっと聴いている。ラテン、スパニッシュ、ジプシーミュージック、シャンソン、ロックなどが入り混じった無国籍のサウンド。ここはどこ? 
ついでにレユニオン島のラム酒がよくあう。コーラで割るのをやめて、途中からロックでぐいぐい呑んでやった。疲れがとれる~。
遠くから爆竹の音が聞こえてくれる。目が閉じかけてきた。すると、
「あなた」
と声がした。来たな、嬉しくなった。
ぼくは丸椅子をひっぱりだし、ぼくの横に、置いた。そこに幻の妻が座る。ぼくは空のグラスにラムを注ぎ、彼女の前にそっと置いてあげた。
もちろん、ぼくはにっこり微笑んでいる。

退屈日記「俺の妻とキッチンでカラオケ大会をした、超幸せな夜であったぁ~」



ぼくの妻はふっくらしている。
小太りというと失礼だが、ふくよかな感じである。年齢はわからないが、50代後半かな、あはは。40代後半でもいいけど、年齢は聞けない。
スタンドの光によって、彼女の顔の輪郭が丸く縁取られている。こめかみのあたりに染みがあって、目じりに小じわがあって、いつも笑っているので、ほうれい線も、くっきり。そういうのがなぜかいちいち嬉しいのだ。
顔はちゃんと見たことがないのだけど、七福神みたいで、有難い。
若い頃は可愛かった? いやいや、今も十分可愛いと思う。BTSとかぼくに隠れてこっそり聞いているタイプである。
ぼくの音楽はどう思ってるのだろう? 
「アローン」という曲が終わり、「孤独をラッタッタ」になった。
「これ、消す? うるさくない?」
「あなたの掠れ声が好き」
クっー、言われてみたいなぁ。そうだ。冷蔵庫に久田のチーズがあったっけ。
トリュフの入ったブリー。妻に食べさせてあげたいので、クラッカーに載せて、グラスの横に、ちょっと添えてやった。
「どうぞ」
「いただきまーす」
ぼくは笑顔だ。グラスの中で氷がぐるぐると回転している。ぼくの心も回転している。
「孤独をラッタッタの、あの月がついてくるよ~、寄り添うように~、のとこ、好きよ」
クー、言わせちゃうところが泣けてくるなぁ。メルシー。
「愛されて、愛を知る~」
一緒にハモった。俺の妻、いい声している。音痴だけど、ぜんぜん、構わない。
ぼくはラムを舐めた。妻のラムが減らない。あはは。
妻がほほ笑むと、片頬にえくぼが出来るのだ。うっすらえくぼである。
「前髪切ったの」
「ほー、いいね」
「気づいてた?」
「自然な感じで気づかなかった」
俺の妻がほほ笑んだ。
「あなた。幸せって、失った時に気づくものなのよ」
ぼくは真顔になった。
「だから、いつもちゃんと私を見ていてね」
ぼくは再び笑顔に戻った。はい、見てます・・・。



曲が「友情」になった。ばったり出会った街角で~、あの頃の君、まるで映画のように、・・・。一緒にハモった。
「離れる~ことも出来ずに、近づくことも出来ない。紙一重のところで友情を保っていたのさ。冬のまちーかど、君とぼく肩を並べたこともあーる」
酔った。かなり酔ってきた。
カラオケのように、一緒に歌えて、幸せだった。ああ、なんて幸せなんだろう。
「この曲も好きよ。歌詞が好き」
俺の妻が言った。
「うん」
「まつ毛に雪が静かに積もって、世界が滲んで見えたのさー」
妻の優しい声が子守唄のようにぼくの心の中で響き渡っている。いいなぁ。
このまま寝たいなー、と思った。
ぼくは嬉しくて、気が付くと、目じりに涙がたまっていた。じわー。
明日から、また、頑張れるな、と思った。
「ありがとう。俺の妻よ」
「いいえ、もう、寝ましょうね。お酒はほどほどにしてください」
「うん」
ぼくはグラスを置いた。
顔を上げると、幻の妻は消えていた。やっぱりな・・・。
「おやすみ。今日もありがとう」
ぼくはそう呟くと、壁に手をつき、よっこらしょ、と立ち上がるのであった。
「さんちゃーん、パパしゃん、寝るじょー」

退屈日記「俺の妻とキッチンでカラオケ大会をした、超幸せな夜であったぁ~」



つづく。

今日も読んでくださってありがとうございます。
そんなわけで、昨夜は幸せな土曜日の夜を過ごすことが出来ました。起きてから、また自分のアルバムを聞いています。そこに孤独だけれど、けなげに生きる自然体の自分がいるようで、元気になれます。ヘビーローテーション中です。皆さんはどの曲がお好きですかぁ? 
さてと、22日は父ちゃんと一緒にパリの左岸の買い物ストリートを歩きませんか? 勉強会はお休み、クリスマスですからね、今年最後のイベントになります。ご参加ご希望の皆さんはこちらの地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。ツジブラしましょ。

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退屈日記「俺の妻とキッチンでカラオケ大会をした、超幸せな夜であったぁ~」

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