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滞仏日記「基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが!」 Posted on 2023/01/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、長旅が終わり、父ちゃんと三四郎はパリに戻って来たのだった。家がやっぱり落ち着くようで、三四郎はソファに飛び乗り、さっそく、寛いでおる。
弟子の長谷っちから分厚い小説がポストに投げこまれていた。赤いガムテープでぐるぐる巻きにされていたから中に爆発物が入っているのじゃないか、とドキドキしながら開封してみると、分厚い印刷物=小説であった。おいおい、頼むよ。
新連載が2つ始まるのでそれに取り掛かる準備とか、コーヒーを飲んだり、あ、確定申告もやらないとならないから一年分の領収書をかき集めたり、一月は慌ただしくなりそうな予感満載の父ちゃんであった。ともかく、仕事部屋の空気を入れ替えて、自撮り!
とりあえず、運転疲れが酷いので、三四郎の横で一瞬、丸くなって一休みすることに、Zzz….。☜打ち合わせがあるんだよ~、起きなさい!

滞仏日記「基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが!」



横になりながら、横着にパソコンのメールを開いたら、Apple Musicから「ルクセンブルグ国でジャパニーズソウルマンが28位になりました。おめでとうございます」とメッセージが飛び込んで来た。一瞬、びっくりした。ルクセンブルグって、どこだっけ? フランスとドイツとベルギーに囲まれた、あのルクセンブルグ大公国のようである。なんで、そこであれが訊かれているのか、行ったこともないので不思議だったが、問い合わせら、やはり28位だった。ウケる。
続いて、一本線野郎のやなさんから、ジャパニーズソウルマンのアルバムジャケット案が届いていた。おお、素晴らしい。オランピア劇場限定で、今、フランス政府に申請(が必要)中のCD版、のデザインであーる。限定千枚、生産するのじゃ。あはは。いろいろと意見をつけ、やなさんに、送り返した。だんだん、よくなってきた。もう一歩・・・。
他のメールは、嫌な知らせもあったけれど、見なかったことにした。疲れている時は、気分を下げるものから視線を逸らす主義・・・。人生は儚い、青空を見上げよう。笑。
とにかく、ここは、パリだ。ぼくはパリに戻って来たのであった。
やっぱり、パリは最高である。雨でも、最高だぁ~。

滞仏日記「基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが!」

※ これはまだデザインの途中段階の・・・。現在、やなさんがめっちゃ頑張って、最高のアルバムジャケットを制作中なのであーる。



昼、少し前に、マコちゃんとカフェでミーティングがあったので出かけることに。
実は、長谷っちが事務所をやめたので人出が足りなくなり、笑、オランピア劇場ライブを成功させるために父ちゃんのアシスタントに就任してもらうことになったのだ。
「え、あ、もちろんです。やりますよ」
マコちゃんは二つ返事で快諾。よかった。
マコちゃんは元アミューズ・フランスの社員だったのだ。
父ちゃんのライブは必ず手伝いに来てくれる頼りになるやつ。もっとも、彼は小説のこととか映画のことはわからない。長谷っちが音楽や映画が出来ないのと一緒である。なので、音楽担当には適任!
とにかく、熱血男なのである。なぜか、父ちゃんの周りには長谷っちとかマコちゃんのような熱血中年が多い。
マコちゃんは今日までにたった一人ですでに千枚近いフライヤーを配り終わっていた。
「どうですか? 配った感触は?」
「それが、辻さんがオランピアやるの、在仏日本人でさえ、ほぼ知らないです」
いきなり、衝撃的発言。ぼくは気分を下げるものから視線を逸らす主義なのだ。
視線を逸らした。マコちゃんは「大丈夫です。もう、成功したようなものです」と不敵な笑みを浮かべている。
「なんで?」
「だって、もう、チケット400枚売れてるじゃないですか? 」
「2000席あるんだよ」
「今、日本のアーティストはパリでライブやっても人、入りませんから」
え? マコちゃん、違うでしょ?
「あのね、マコちゃん、ぼくは満席にしたいんだよ。志高いんだよ。熱血で満席にするんだ。わかる? 熱血だよ」
「ふふふ」

滞仏日記「基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが!」



マコちゃんの不敵な笑みは続く。ぼくが熱血になると、どんどん、不敵な笑みが増えていくマコ。彼はロックンローラーだからしょうがない・・・。
ライブをやっている時、弦が切れても、歌詞カードが風で倒れても、舞台袖にいるマコちゃんは微動だにしない。SOS目線を送るのだけど、マコちゃんは不敵な笑いを浮かべているだけ。たまに舞台袖で頭を振って、踊ってたりする。ギターの交換合図を出しても、逆に、親指たてて、いいっすねーポーズが戻ってきたりする。違う。ギターの交換!
ともかく、そんなマコちゃんがフライヤーを配っている。パリは奴に任せた!
「どうやったら、満席になるかなぁ」
「辻さん、もう勝ったも同然ですけどね」

家に帰ると、玄関の前で、忠犬がぼくを待っていた。尻尾をふって。
「ただいまー、さんちゃん」
「パパしゃーん」
ぎゅっとハグをしてあげる父ちゃんであった。
なんとなく、日常がここにあった。ずっと旅を続けるわけにはいかないから、ここからまた頑張ろうと思った。
基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが、たまには直視して乗り切らないとならない場合もある。そうだ、それが人生だ!
さ、皆さん。ご一緒に、今年も合言葉は!
「熱血~」

滞仏日記「基本は、気分を下げるものから視線を逸らす主義だが!」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
なんとなく、今年もまた熱血にはじまった、という感じですかね。スペインまでの旅で疲れてはいますが、2500キロ走破!充電完了という感じです。旅をしながら、なんで人間は生きているんだろう、とずっと考えていました。なんで核兵器がこんなにあって、世界はバラバラで、くだらないことばかりなんだろう、って・・・、でも、それはそれ、ぼくはぼくだから、真面目に生きていこうかな、と海を思い出しながら、思っていたのでした。あの波の音、思い出しながら、今年は突っ走るつもりです。応援くださいね。熱血~。
さーて、毎度、毎度のお知らせです。
次の地球カレッジ「文章教室」は、1月29日、日曜日に開催されますよ。
「エッセイの書き方教室、第1回」。
今回の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

それから、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
5月29日のオランピア劇場ライブの翌日に、JALパックさんが企画をし、ぼくがよく知るレストランで、せっかくだからランチ会をやることになりました。ぼくも顔を出し、トークをやる予定ですので、せっかくパリに来られる皆さま、よろしければ、どうぞ、ご参加ください。JALパックさんに相談をすれば、モンサンミッシェルなどのツアーも・・・。この機会に、ぜひ。
詳しくは、こちらのURLをクリックください。

5月30日 辻仁成 オランピア公演記念 『感謝!Merci!』 トーク&ランチ会 《追加設定》



続いて、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」はこちらです。無料でも聞けます。ってか、ほとんど無料に近いですので、思う存分楽しんでください。音楽が危機的な状況ですけど、ミュージシャンたちは頑張っています。


https://linkco.re/2beHy0ru

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