JINSEI STORIES

滞仏日記「またまた、人が住んでない廃墟がある、と不動産屋に言われ、内見してきた」 Posted on 2023/04/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、実は家を探しているのである。
何度か、内見してきたのだけど、なかなか、出物がない・・・。

三四郎は7キロ弱もあるので、63歳の父ちゃんが彼を抱えて毎日、階段の上り下りを5階の屋根裏部屋まで4往復とか、今はいいけど、数年後、さすがに、きつくなるだろうなァ・・・。
長谷っちやパリのスタッフさんらが、めっちゃ心配してくれている。
「先生、もともと無理があったんですよ、・・・」
お前な、そんなこと言っても、三四郎は天からの授かりもので、最初から犬を飼う予定などなかったんだもーん、わかるわけないじゃーん。ぷんぷん。
でも、三四郎もうまくいけばあと15年は生きる。その時、父ちゃんは何歳だ!!!
しかも、三四郎がぶくぶくと太ったら、いったい誰が散歩に連れ出すのだ、ということで、不動産屋の友だち、マリーさんから、
「いい物件があるんだよね。おじいちゃんが亡くなって、もう、人が住んでなくて、ある意味、廃墟で、一軒家で、息子さんたちが相続の問題で、格安で手放したいらしい。ムッシュ、見るだけ見てみます?」
と連絡があった。
見るだけ見てみる、ということで行ってきたのだけれど、まず、遠い。海まで歩くことは出来ない。なんと、山の中であった。
「おじいさん、ここで亡くなったの?」
「ええ、そうよ。フランスの物件はだいたいぜんぶ、そこで亡くなってるから、安心をしてね」
誰が発見したんだろう、と想像をして、がらんとしたリビングルームの真ん中で、途方に暮れた父ちゃんであった。あわわわわ・・・。
その時の光景が頭の中で渦巻いた・・・。

滞仏日記「またまた、人が住んでない廃墟がある、と不動産屋に言われ、内見してきた」



おじいさんになった自分、連絡がつかなくなって、ある日、日記が更新されなくなり、読者の人たちが、おかしいと騒ぎだし、愛読している編集者さんから、長谷っちの携帯に連絡、もしくは弟から十斗の携帯に、変だ、と一報が・・・。
いうことで息子か長谷っちが、パリからやってくる間に、父ちゃん、お陀仏ってか・・・。ぎゃああああ、洒落にならないわー。
最初からそういう目で建物を眺めてしまったので、めっちゃ、いい物件なのに、目に入らにゃーい。
南無阿弥陀仏、と思わず、北にむかって、手を合わせた父ちゃんであった。
しかし、今、ぼくが持っているアパルトマンとほぼ、同額なので、海が見える屋根裏アパルトマンを売っぱらえば、買うことが出来る。
ううう、苦渋の選択だァ・・・。
土地が2000平米もついている。
三四郎は快適であろう。花壇を作ることも出来る。大好きな庭いじりが出来る。
離れた場所にアトリエもあり、地下、屋根裏、母屋全部合わせると、300平米くらいの広さなのである。
えええ、そこに一人はあり得ない・・・、逆に怖いが、どなたか、ぼくとルームシェアしませんか? 

滞仏日記「またまた、人が住んでない廃墟がある、と不動産屋に言われ、内見してきた」

滞仏日記「またまた、人が住んでない廃墟がある、と不動産屋に言われ、内見してきた」



「マリーさん、300って、広すぎない?」
「でも、地下はスタジオになるし、屋根裏部屋は絵が描けるし、アトリエで小説書いて、いいんじゃない?」
「それは素晴らしいけれど、この辺、人も住んでなさそうだね」
フランス人特有の、顔の半分をくちゅっとして、いないわね、とマリーさん、肩をすぼめてみせた。
でも、大草原の小さな家みたいな可愛い物件である。
何より、安いのがいい。
今のアパルトマンは沈む夕陽を真正面に見ることができる好立地なので、すぐに売れるし、高く売れるわよ、とマリーさんが太鼓判を押してくれた。売りたくにゃーい。
「この物件はなかなか売れないから、たぶん、待ってくれると思うわよ」
あはは、と日本人特有の、顔が半分くちゅっとなる表情で、返した。
「それにしても、海から遠いね」
「そうね、でも、車があれば15分で」
「歩いたら?」
「45分かな。ただ、帰りが坂道だから、一時間・・・」
厳しい。海が見える一生の方が、2000平米より、大事な気がした。
「辻さん、海の近くに、ここよりちょっと高いけれど、ちょっと狭いし、一人暮らしには最適な物件があるんだけど、今度見に行く?」
「いわくつき?」
「いわくつきかな。家が傾いていて、買ったあとに、工事をしないとならないの」
なんと、その工事費が日本円で1000万円と聞いて、腰が抜けそうになった。

滞仏日記「またまた、人が住んでない廃墟がある、と不動産屋に言われ、内見してきた」



「いや、いいです」
「じゃあ、保留にしときますか?」
「はい。ちょっと考えさせてください。でも、間違いなく、ぼくは家に引っ越さないと、この子を抱えて毎日、昇り降りは厳しいと思うんです」
「辻さんはセンスいいから、こういう廃墟を買って、リフォームしたら絶対凄い家を持つことが出来ると思うんだけど。今のアパルトマンも、買い手がいなかったくらい、傷んでいたのに、辻さんが大工事をして、価値を高めたでしょ?」
「倍ぐらいで売れます?」
「倍までは無理だけど、1,5倍にはできるかも」
「でもね、出来ることなら、売りたくないんだけど」
「そうよね。あのノルマンディの夕陽はまたとないものね。ま、よく考えましょう。まだ、見た目、若いから、大丈夫よ、私も探すから」

ということで、今日の内見は終わった。
オランピアのライブが終わり、夏の日本滞在から戻ったら、本格的に家探しを始めようかな、と思っている父ちゃんなのであった。
三四郎がね、実に、実に重いんですよね・・・。でも、愛おしいから・・・。

人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
終の棲家という言葉がありますけれど、どういう人生の後半戦をぼくは計画したらいいんでしょうね。あまり寂しいところに引っ込むと、取り返しがつかなくなりそうだし、海を真正面に見る、光りあふれる家だったら、いいかもしれないけれど、そうなると、むしろ、町に出た方がいいのかもしれませんね。そうなると、お金がないかな。そうなると、そうなると、終の棲家、悩む・・・。ノマドでいくか。
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5月29日、フランスは連休中ですけど、祭日の月曜日、オランピアのライブです。ぜひ、お時間のある皆さん、お越しください。
フランス国内、もしくは周辺国にお住まいの皆さん、ぜひ、遊びに来てください。日本からは遠いですから、来ていただきたいですが、時間がせまってきましたから、ご無理はさせられません・・・。無理のない範囲でお願いします。あ、席は絶対売り切れませんので、当日券山ほどあり、ご心配なく・・・。
席のご予約はオランピア劇場のサイトから、どうぞ。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

もしも、日本から行きたいけど、不安という皆さんには、JALパック・パリさんが協力いたしますので、こちらをクリックください。現在、日本から50名くらいの方が来るだろうという予測です。本当に、大変なところありがとう。必ず、いいステージにしますね。約束!!!

5月29日 辻仁成 パリ・オランピア劇場 ライブコンサ-ト!


ついでに、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。

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自分流×帝京大学