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滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」 Posted on 2023/07/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎と遊んでいたら、ジェーン・バーキンが死んだ、とピエールからの電話。
「信じられない。マジか、同じ時期にオランピア劇場やってたよね」
「ああ、5月に、辻と同じ時期だった。でも、あれは健康上の理由で中止になったんだよ」
「そうだったのか、知らなかった。じゃあ、その頃から・・・」
オランピア劇場はコンサート会場へと向かう大きなエントランスの壁に出演アーティストのポスターがずらりと並ぶのが恒例で、その一番トップがジェーン・バーキン、その最後列にぼくがいた。
ぼくのライブが5月29日だったから、彼女は5月の初旬だったのかもしれない。
「辻はジェーン・バーキンの音楽聴いていたかい?」
「ああ、ドンピシャだったよ、世代的に。ゲンスブールが好きだったから、当然、彼女はセットで聞いていたさ」
「ま、そうだよな」
「ぼくは会ったことがあるんだ。日本で対談をしたことがあった」
「ええ、そうなんだぁ!」
ピエール、めっちゃファンみたいであった。

滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」

※ オランピア劇場のエントランス、貼られたジェーン・バーキンのポスターの前で、なんだか、幸せを感じている筆者。☜だれ? どこの筆者?



彼女が滞在するホテルで、雑誌の対談だったけれど、なんの取材だったか、覚えていない。フェミナ賞を受賞した直後のことだったような、彼女にサインした拙著「白仏」を渡した、と記憶している。
「必ず、読みます」
と言ってくれた。
一時間ほどの対談で、文学や音楽の話をしたのだけれど、とっても控え目な人だった。パリジェンヌという感じは受けなかった。(彼女はもともと英国人)
物静かで、弁えていて、不思議な透明感があった。
その数年後、パリの蕎麦屋で再会するのだけれど、そこの店主が、よく知っているんで、どうしても紹介したいと言い張り、ぼくはプライベートだから嫌だったが、連れて行かれ、案の定、彼女の横にいた男性に、なんてぶしつけな日本人だ、という顔をされた。
だから、言ったのに・・・かっこわるい。
でも、その時、ムッシュの方が嫌な顔をしたにもかかわらず、彼女は控え目で微笑んでいた。
ああ、覚えています、本を、・・・と言って笑顔をむけてくれた。でも、隣のムッシュがあまりに怖いから、ぼくは一瞬で退散した。そこまで野暮になりたくなかった。
この人を嫌いな人なんかいないだろうな、とその時、思った。
実際のジェーン・バーキンについては、ぼくは何も知らない。熱心なファンではなかったからね、でも、明らかに時代のミューズだった。
語るように歌う彼女の線の細いしなやかな存在感が魅力的でもあった。
ゲンスブールとの「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」があまりにも有名だけれど、映画俳優、歌手、映画監督など、様々な顔を持つ、正真正銘のアーティストであった。
ゲンスブールと住んでいた家(今は娘のシャルロットがそこをミュージアムにした)が近いので、三四郎とお別れに行くことにした。

滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」



パリは快晴であった。
彼らが住んでいた家は、その蕎麦屋のすぐ裏にあった。
ギャラリー街の一筋入った静かな路地の一角に、ぽつんと、ない。ぽつんとはないが、ドカーンとある。
というのは壁がもはや、アートになっているのだ。
そこだけ、まるであの時代がそのまま残っているような感じである。
フランス菓子、ラヂュレのブティックの近くだ。
パリにお越しの際は、立ち寄るといいかもしれない。
良き時代の空気感が周辺にはそのまま残っている。そう、ぼくが大好きなサンジェルマン・デ・プレのど真ん中にある。
「三四郎、この家、変だね」
三四郎がじっと壁に描かれてあった絵を見つめていた。
明るく弾けるようだった若かりし人間はいずれみんな老い静かに去っていく。
この家の壁に、そう書かれてある、ような気がした。
ジェーン、あなたのご冥福をお祈りいたします。

滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」

滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
帰り道、ヴァイオリニストのマリオから、「母さんが、辻の本を読んで、大好きだって、伝えてほしいって」という写真付きのメッセージが届いた。ジェーン・バーキンは亡くなったが、彼女より一回りも年上のマリオのお母さんは、御覧のように元気だ。マリオのお母さんはぼくの本を読んでくれた。生み出した作品が、人の手から手へ。時代は巡る。

滞仏日記「さよなら、ジェーン・バーキン。三四郎とゲンスブールの家に行ってみた」

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