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滞仏日記「子供たちも大人たちも、世界中の人たちが力をあわせて」 Posted on 2020/03/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ユネスコによると、新型コロナの大流行のせいで学校に行くことが出来なくなった児童・生徒が全世界で8億5千万人に上ったのだとか。その中の一人がうちの子である。しかもこの数はこれからもっと増えるというのだから、困った。フランス全土が隔離されてから二日が過ぎた。息子の部屋は北側にあるので、光りがあまり入らず、健康的ではない。そこで、リビングルームの家具をどけて運動するスペースを確保し、一緒にトレーニングを開始した。家族で力を合わせて不安をやっつけるしかない。
「勉強どうしているの?」
と運動しながら訊いたら、息子が笑顔を拵え、
「それがね、物理の先生が、子供たちをゲームのサーバーに集めて、ほら、ぼくらがいつもマインクラフトやるみたいに、先生が指定したサーバーで今日から授業を再開したんだ」
と嬉しそうに言った。
これは学校の取り決めじゃなく、物理の先生が独自に考え出した方法だ。子供の心理をついたとてもいいアイデアである。生徒たちも興奮をしている。フランス語の先生はYouTubeにチャンネルを作って、授業を開始した。他の先生たちはエコール・ディレクトと呼ばれるフランスのネットシステムのメール機能を利用して宿題などを出し、添削している。明日は朝10時にエコール・ディレクトを介して数学のテストが配布され、11時までに答案を戻さないとならない。各先生たちがいろいろと考えて、頑張っているようだ。子供たちはゲームやネットやYouTubeが好きだから、この試みは彼らの向学心を今までにない形で刺激することになるだろう。

ちなみに、今日は「甘いものが食べたい」ということになり、またまたチョコレートケーキを息子と作った。今回はバターを使わない低カロリーのふわふわチョコケーキである。

滞仏日記「子供たちも大人たちも、世界中の人たちが力をあわせて」



今日は、午後、外出許可証を持って買い物に出かけてみた。外出制限がどのような影響を市民生活に与えているのか、いったい、どのくらいの人がこの制限を守っているのかチェックするために。外出制限のせいで誰も出ていないだろうと思ったが、日曜日の早朝のような感じで人も車もまばらながらも動いていた。薬局やスーパーだけじゃなく、パン屋、八百屋、魚屋、肉屋も営業しており、お客さんはどこもガラガラだったけれど、全くいないわけでもなかった。面白いのはどの店舗もレジ前には1メートル間隔で黒いガムテープでマークがつけられていた。レジ前にスペースのない店は客が外に並んでいた。そして見事に誰もが距離を保っていた。(店によっては1メートル50センチのところも)

滞仏日記「子供たちも大人たちも、世界中の人たちが力をあわせて」



外出制限がはじまった昨日の午前中、いつもはナイススマイルの八百屋の店主がマスクをして、強張った顔で仕事をしており、もやしを買ったのだけど、挨拶もそこそこだった。誰もが経験したことのない外出制限のせいでフランス人がパニックになっているのをぼくは知った。意外とフランス人はそういうところが脆い、弱い。ところが、今日、八百屋の前を通ったら、昨日パニくっていた店主が、笑顔で手を振ってくれた。その隣のパン屋に顔を出したら、店主のマダムが、
「昨日はみんなパニックだったけど、今日はちょっと落ち着いてきたかな。みんな外出制限を守るようになったし、政府の脅しが効いて、出歩いてない。ちょっと希望が見えてきたかもしれないわ。あと二週間、頑張ってほしい」
と言った。
一昨日は人で溢れていたパリ市内が物凄く制御されている。昨日は38ユーロだった罰金の最低額が135ユーロになり、最大は375ユーロに跳ね上がった。政府が厳しい姿勢を強めている理由の一つに、感染者の増加(9000人を超えた)があげられるが、もう一つ、ちょっと不気味な情報として、入院患者の半数が60代以下となったことがあげられる。これまでは高齢の人が重症化すると言われ続けてきた新型コロナだが、ここに来て、若い人の感染者が急増しはじめているのだ。

DSスタッフのご主人の友人のお子さん夫婦(20代)が、ベルギーで発症し、自宅で隔離されている。軽症なのだけど、とにかく咳が止まらないとのことで、この若い夫婦は病院には入れず、医師の経過観察を受けながら、自宅で自力で治している。フランスも重症者が増え、治療器具がない街の患者を軍の飛行機が別の街へと搬送を開始した。飛沫がエアロゾル化して空気中でウイルスが3時間生きるということが判明した。欧州で感染者数が急拡大しているのに、欧州式のビズ(頬と頬をくっつける挨拶)が原因じゃないかという意見も多いが、ぼくはそれよりも欧州人の会話の仕方に大きな問題がある気がする。びっくりするくらい顔を近づけてみんな話しをする。とくに年配の人は顔を突き合わせるようにして話し込む。そんなに近くまで顔をくっつけなくてもいいじゃないかと思うくらい近づいて。しかも、どうでもいい天気の話しなんかを30分くらい続けている。とにかくみんなおしゃべりが好きだから、唾を飛ばし合って、話しに没頭する。この慣習は渡仏した頃からアジア人的にはとっても奇妙に映っていたが、飛沫感染ということからするとかなりリスキーな慣習だと思う。ビズや握手なんかよりもこっちの方が危険だ。外出制限のおかげで、道端でのこの井戸端会議が出来なくなったので、もしかするとこれも好転の一つの兆しに繋がれば…。

一つ、感染したかどうかを見極める方法がイタリアのデータから見つかった。新型コロナに感染するとほとんどの人がまず、味覚・臭覚を一時的に失うのだそうだ。匂いも味も分からなくなる。その後に咳や熱が出始める。こうなると様子を見た方がいいだろう。

さて、世界各地で頑張っている人たちからの発信をテーマにスタートしたDesign Storiesだが、気が付くと欧州を中心に世界各地の書き手の方々が集まってくださり、70人ほどになった。コロナ感染拡大以降は皆さんがその国ごとで起こっていることを文章化してくださっている。ロンドン、フランス国内、バルセロナ、バイエルン、ボローニャ、ミュンヘン、アムステルダム、オスロ、ニューヨーク、シドニー、ピエモンテ、などから生々しい記事が届いている。この後も引き続き世界各地から、今現在の状況をお届けできればと思っている。それらは日本の読者の皆さんの生き方、身の守り方の参考にもなるものばかりだと思う。ともかく、世界が一致団結してこのウイルスの根絶を目指すしか、終息の道はない。一国だけで出来ることではもはやないのだ。そういう意味では人類全体が試されているのだと思う。大人も子供も、力を合わせて、がんばろう。えいえいおー。

滞仏日記「子供たちも大人たちも、世界中の人たちが力をあわせて」

自分流×帝京大学