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滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」 Posted on 2024/02/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は伊勢丹アートギャラリーに乗り込むことになった父ちゃんであった。
「完成するまでは見に来ないで」という画廊の支配人Nさんとか、仲介画廊のIさんらに、言われ、ホテルで、まだかまだか、と待機していて、手持無沙汰すぎて、気が変になりそうな父ちゃんなのであった。
しかし、電話がかかってきて、(まるで芥川賞選考会の時のように)スタッフさんから、
「準備できたみたいです。行きましょうか」
と連絡があり、興奮気味に、新宿を目指した父ちゃん、・・・。
思えば、伊勢丹デパートも若い頃、よく遊びに来ていたよなー、と懐かしく思いながら、エレベーターに飛び乗ったのであった。

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」



どきどきが止まらない、というのはまさにこのことであろうか。
エレベーターの上の各階の売り場案内を、いちいち、読んで、気を紛らわせたりしていたのだった。あはは。
そして、6階のドアが開くと、じゃじゃーん、画廊のスタッフさんがぼくを待ち受けていたのであーる。赤い絨毯とかは、なし。
子供服売り場を抜けたあたりに、おおお、伊勢丹アートギャラリーの入り口があった。
おおお、ショーウインドーに「白い伝説」というタイトルのぼくの好きな絵が飾ってあった~。ひゃあ、まさに、個展だァ~。
入り口で立ち止まり、中を覗くと、かつてはぼくの家に飾られてあった、あの懐かしい子供のような作品たちが、きれいに整列して、父ちゃんを待ち受けていたのであった。
再会!!!
「お父さん、おひさしぶりです」
と絵は言わないが、みんなが、一斉にぼくを見つめているのである。
なんというか、大事な娘をお嫁に出す父親のような気持ちになった。この子たちを誰かが引き取って、大切に飾ってくれるのだろうか、ううう、どきどきが止まらない。
それにしても、上手に、配置されているではないか。
そして、照明もいい感じである。
この日が来るとは思ってはいたけれど、実現するとは信じていたが、自分の絵が、画廊の壁に並んでいる実際を見て、わなわなわな、と震えがとまらんのであった。
ということで、ぼくの絵を画廊の方々が総出で、ぼくが作った絵巻き配置図をもとに、作品を壁にかけてくれた、ということである。
それにしても、伊勢丹アートギャラリーの関係者、たくさん、いる。
はじめて、これだけの絵の業界の方々とお会いすることになり、何か、場違いな、感じがしてならないのは、父ちゃんだけであったー。
絵の世界の人たちは、物静かで、あまり感情を表に出されない方が多いような印象があったが、さすがに今日は作品がぐるりを囲んでいることもあり、笑顔ばかりであった。
気に入ってくれている印象で、一人、二人、と声をかけられた。
はじめて、ぼくの存在を知った人もいたと思うが、感動しました、とぼそっと言われて、その瞬間、しょんべんをちびりそうな小学生みたいになった、かわいい父ちゃんだった。
でも、嬉しい気持ちはぐっとこらえて、そうすか、どうも、うっす、と平静を装った、大物にはなりきれない小物な父ちゃんであった。
えへへ。
でも、うれぴ~。

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」



すると、そこに、大画伯の千住博氏が人をかき分け、登場したのであーる。
千住さんといえば、羽田空港国際線の入国審査場に巨大な日本画が飾られている国民的画伯なのだ。
友だちだが、この世界では巨匠と新米なので、いつものような感じで、やあ、とは言えない。
言えないから、こっそり、逃げようとしていると、握手の手が伸びてきて、がっしり、と掴まれてしまった。うわ、圧が、圧が、あちち。
この人がこの画廊を見つけてきたし、いわば彼が、プロデューサーみたいに、ぼくの尻を叩いて描かせた張本人なのだった。
逆を言えば、一番、怖い人でもある。
なんか言われるな、と思って、彼が見て回るのをちょっと離れた場所から、チラ見していると、最後にやって来て、
「買いたい絵がいくつかあります」
というではないかくそうりだいじん。
おおお、ウソでもうれしい一言であった。
思えば、ぼくらは、ホテルのスポーツジムのふろ場で、30年ほど前に、会ったのだ。
その時、ぼくはいけすかない売れっ子の作家で、気取っていたのだけれど、そんなぼくにも声をかけてくれた千住さんには、その日、画集まで頂いてしまった。
それからよく、呑むようになり、まもなく、親友になった。
この「親友」という言葉、ぼくらをよくお互いに向けて使うけれど、つるむ仲間というのではない、なんといえばいいのか、年齢が近いこともあり、同時代を生きる同志みたいな関係なのだ。
「辻さんはユニークだから、これでいいんです」
なので、ぼくの初個展は千住博プロデュースなのだった。
「どの絵が買いたいの?」
と訊いてみた。
「ふふふ、ひみつ」
あはは。やられたー。ずっきゅーん。
ねっけつーーー、と叫んでいるのだー、心の中で!!!

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
千住さんの奥さんがまた、優しい人でね。何か、夫の親友ということだからか知らないけれど、たまにしか会わないのに、ほんとに、いろいろと心配というか優しくしてくれるのである。個展、明日からだけれど、コテンパンにならないように、持ちこたえて、終わらせられればと思うのだけれど、そうは問屋がおろさない、問題もありそうで・・・。
はい、ということで、今日、28日が初日ですが、今日は、混乱を防ぐために入場抽選が行われており、たぶん、夕方くらいまでパスを持ってないと入れない感じですが、29日のデパートの開館時間から、最終日、3月5日の18時まではみなさま、ご自由に御覧いただけます。父ちゃんが暮らすノルマンディの青と赤と金と灰色の混じった創造世界をお楽しみくださいませ。思ったよりも明るい絵ばかりで安心でした。☜えへへ。

●小説「十年後の恋」集英社文庫版、重版!
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月28日、ボルドー・ライブ、予定。(詳細待って)
●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ。(詳細、お待ちー)

https://www.instagram.com/japan.stories?igsh=MTA2dWFjODdsZnNrZA%3D%3D&utm_source=qr
新しいデザインストーリーズのインスタも再始動! スタッフみんなで、パリの今を配信中!
https://www.instagram.com/designstories_paris?igsh=cHlpdGFvdWkyYmdj&utm_source=qr
・それから、ぼくのなりすましが、ファイスブックで暗躍していて、問題が起きている、というので、皆さん、フェイスブック、ぼくのなりすましには、近づかないように、友だち申請とかしないでくださいね。要注意です。
以上です。

滞仏日記「ぼくは新宿伊勢丹の6階に立った。ついに、ついにこの日がやってきた」

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