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滞仏日記「母さんが倒れたと連絡あり、ノルマンディからパリを目指した父ちゃん」 Posted on 2024/03/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ノルマンディに入って朝になり、さて、今日はどうしようかな、と思って三四郎とごろごろしていると、弟からラインにメッセージが飛び込んできた。
「母が倒れて、今、救急車で近くの病院へ向かっています」
「え!?」
つい、土曜日に母さんと電話で話したばっかりだった。
母さんの兄のかっちゃんが不意に他界し、これからお葬式に行くのだ、と言っていた。
しっかりした口調だったので、ちょっと安心をしていたのだけれど・・・。
「どんな状態? 落ち着いたら、連絡をください」
とメッセージを送り返すが、既読にならない。
たぶん、救急車の中にいるのであろう。
とりあえず、パリのスタッフに、連絡をいれ、日本に戻る飛行機を確保する準備に入ってほしい、と打診した。
もしもの場合、ノルマンディからだと不便だ。
まだチャールズに燻製シートを渡していないが、とりあえず、とるものもとらず、パリに戻ることにした。それがいい。
「三四郎、帰るぞ」
ぼくがばたばたしはじめたので、三四郎も何事か、と慌てだした。
なくなったおじさんは91歳だった。母さんは89歳だ。
いつ、何があっても、おかしくはない年齢なのである。
これが、ライブ最中だったら、ぼくはライブが終わるまで、戻ることができない。それは、母さんとの約束なのだ。ステージに穴をあけるな、という母さんの教え。
しかし、次のロンドンライブまでまだひと月もある。
今なら、戻ることができる。

滞仏日記「母さんが倒れたと連絡あり、ノルマンディからパリを目指した父ちゃん」



ぼくが慌てても、どうすることができないから、とりあえず、弟からの連絡を待ちながら、すぐ飛び出せるように、しておくことにした。
愛車に飛び乗り、来た道を戻った。
最初のサービスエリアに、車を寄せて、携帯をチェックしたら、マネージャーのMMからで、航空券をおさえることができる、ということだった。
空席が結構あるから、対応します、と書かれてあった。
弟からは連絡が入っていなかった。
しかし、既読になっていた。ちょっと、ここで待とうと思い、サービスエリアで、しばらく待機することに・・・。
すると、案の定、弟から、メッセージが届いた。
「診察中です。 気がなくならように、扉に寄りかかって倒れました。 携帯の電池が無くなるので、帰って連絡します。2、3時間後かな」
と、メッセージであった。
どういう状態にあるのか、わからないが、診察中ということであれば、まだ、望みがある、ということじゃないか・・・。
とりあえず、時間的な余裕ができたので、パリを目指すことにした。
弟が、家に戻り、ぼくに電話するまでに2時間ならば、パリに戻ることができる。
ぼくは、エンジンをかけた。
そして、再び、A13(高速道路の名前)の車の流れに合流した。

滞仏日記「母さんが倒れたと連絡あり、ノルマンディからパリを目指した父ちゃん」

滞仏日記「母さんが倒れたと連絡あり、ノルマンディからパリを目指した父ちゃん」



運転をしながら、いろいろなことを考えたが、しかし、「気がなくならないように、扉に寄りかかりながら倒れた」というのは、この前、ぼくがメニエールで倒れた時と一緒だった。
ぼくも、意識が遠ざかるのを察知して、壁に肩を預けながら、白くなる意識の中、頭部を打たないように、上手に倒れたのだった。
それなら、きっと大丈夫であろう。
弟の恒久が一緒に暮らしているから、なお、安心だ・・・。
こういう時は、心をオフにして、運転に集中をするべきであろう。焦っては事故につながる。こういう時にこそ、冷静にならないといけない。
ぼくは制限速度130キロを死守して、パリを目指した。
子供のころに、母さんにキッチンで言われた言葉を思い出していた。
「ひとなり、誰の人生ったいね、お前の人生やろが」
この言葉に今も、救われている。
誰の人生だよ・・・。そうだ、ほかでもない、自分の人生じゃないか。
パリに戻って、すぐに携帯を見たが、まだ、弟から、連絡は入っていなかった。
「どう? 容体、教えてほしい」
とメッセージを入れると、その数分後、恒久から電話がかかってきた。
「あ、今、自宅に戻りました」
「うん、どうだった?」
「検査をしたけれど、数値は特に問題ないということで、戻ってきました」
「戻った? 母さんは?」
「一晩か、二晩、精密検査を明日やるみたいで、入院をします」
「そうか、きっと、かっちゃんのお葬式で疲れたんだね」
「うん、そうだと思う」
「じゃあ、大丈夫そうだね。よかった」
「明日、わかり次第、精密検査の結果を知らせますね」
「オッケー、お疲れ様、いつもありがとう。君も休んで」
「了解」
ぼくは、ソファに座った。ふー、やれやれ。
三四郎が、ぼくの膝の上に飛び乗ってきた。ぼくは、三四郎を抱きしめてやった。

滞仏日記「母さんが倒れたと連絡あり、ノルマンディからパリを目指した父ちゃん」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございました。
いろいろとありますね。毎日、次から次に、いろんなことがおこります。わずか、一晩しか、ノルマンディにはいられませんでしたが、そういうこともあります。今日は、夕飯の準備とか何もしてないので、友だちのカフェにでも行ってきます。お騒がせいたしました。でも、安心することができました。
福岡の病院の皆さん、ありがとうございます。母を、よろしく、お願いいたします。

さて、一息、つきました。
父ちゃんの今後の・スケジュールです。

●小説「十年後の恋」集英社文庫版、重版!
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月28日、ボルドー・ライブ、予定。(詳細待って)
●6月30日、パリ・ライブ決定(まもなく、チケット発売します!!!)
●7月3日、リヨンでライブ。(詳細、お待ちー)
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(詳細、待って)

https://www.instagram.com/japan.stories?igsh=MTA2dWFjODdsZnNrZA%3D%3D&utm_source=qr
新しいデザインストーリーズのインスタも再始動! 
https://www.instagram.com/designstories_paris?igsh=cHlpdGFvdWkyYmdj&utm_source=qr
お知らせ、以上です。

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