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滞英日記「短編小説LONDON ALL DAY DINING!ロンドン・ブレックファーストで優雅な朝のひととき」 Posted on 2024/04/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここのところ、引退騒動も勃発し、あちこちで自分を守る手段に出ている傷心父ちゃんだが、心の疲れをここロンドンで癒すべく、今朝は、早起きをして、近くのホテルのカフェにブレックファーストを食べに行った。
すると、となりに座っていた年配のマダムに話しかけられたのであーる・ぱちーの。
「どちらから、いらしたの?」
振り返ると、横の席に小柄なマダムが一人、ぽつん。ぼくより、うんと、年上かな・・・。☜印象のはなしで、よくわかりません。
こちらも一人、マダムは好奇心溢れる表情で父ちゃんを見ている。
「ああ、あの、日本からですけど」
「まあ、日本人なのね、へー」
じろじろと見られているし、ずっと微笑んでいるので、話がしたいのであろう。
こういう場合、言葉を返すと深みにはまることをよく心得ているが、気分転換に、旅は道連れというし、
「あなたはどちらから?」
と聞き返してしまった、父ちゃんであった。
好奇心旺盛なマダムは、ちょこんと座り直して、かわいく、背筋を伸ばし、ぼくをじっと見つめてから、
「オーストラリアからよ」
と茶目っ気たっぷりな感じでおっしゃったので、ここは何か言葉を返すべきか悩んだが、返すと深みにはまる可能性もあるのを覚悟で、
「いい国ですよね。シドニーとかいつか行ってみたい」
とつぶやいてしまった。あはは。
次の瞬間、マダムの目がきらっと輝くのを見逃さなかった、父ちゃんであった。
「行ったことないの? オーストラリアは素晴らしい場所よ」
「でしょうね。でも、残念ながら、ぼくはパリに住んでいるんです」
「まー、パリ、なんて素敵な響きでしょう。うっとりするわ。パリで、何をされているの?」
ここで、やめておかないと、深みにはまりそうではあったけれど、マダムは前傾姿勢になりぼくの次の言葉待っていた。
ここは、裏切りたくない、旅先での出会いを求めているのだ。
いや、出会いというか、ちょっとした、ささやかな、ドラマを求めているのだ。もしかしたら、一人旅かもしれない。この人のドラマの中に、ぼくは今、存在している。
まるで、ニューヨーク短編小説のような世界である。
ロンドン短編小説というところかな。
「ぼく、歌手です」
物語を加速させてみた。マダムの目つきが変化した。
「まあ、それはびっくり」

滞英日記「短編小説LONDON ALL DAY DINING!ロンドン・ブレックファーストで優雅な朝のひととき」

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「コンサートするんですよ、ロンドンで」
よせばいいのに、言ってしまう。
「いつ? どこで?」
「19日に、ウオーターラッツで」
「まあまあまあ、それは素晴らしい。19日、夜、ちょうど予定がないわ」
「本当ですか?」
「フライヤーとかビジネスカードあります?」
マダム、積極的である。
映画、ローマの休日のオードリーヘップバーンに見えなくもないけれど、笑、深みにはまりそうなので、これ以上は進めてはいけない、と思いつつ、携帯を取り出し、フライヤーの写真を見せてしまう。
「まあ、素敵、デュオなのね、女性二人組の」
「え?」
いえ、違いますと、言いかけたのだけれど、ちょっと面倒で、そうです、と言い返した、マダムに間違えられた父ちゃんであった。あはは。いつものこと。
「行きますね。絶対に」
「あ、でも、パブだから、オールスタンディングなんですけど」
「ぜんぜん、平気よ。わたし、活動的なの」
ということで、気がつくと、かなり深みにはまっていたのだった。
「あの、もしよろしければ、一緒に写真撮影してもらってもいいですか?」
来た。どうしよう、聞こえないふりをしないとならない。
「ああ、写真は、ちょっと、今日、まだ、化粧してないので」
「まあ、そうよね。朝ですものね、でも、素顔、素敵です」
ぼくは立ち上がり、朝食コーナーに逃げて(ここは、バイキングスタイルなのだ)、あまり食べたくなかったが、料理を皿にもりはじめた、父ちゃんであった。

滞英日記「短編小説LONDON ALL DAY DINING!ロンドン・ブレックファーストで優雅な朝のひととき」



でも、ささやかな会話ではあったが、オーストラリアのマダムと顔見知りになることができた。
ぼくはベイクド・ビーンズが好きだ。この白いんげんのちょっとぬるぬるした触感が朝にはたまらない。
ということで、アメリカンコーヒーとビーンズを食べて、席をたったら、マダムが名残惜しそうな顔で、見送ってくれたのだった。
短編小説っていうのは、原稿用紙20枚から30枚程度の短い小説だから、大きな結末はない。
終わり方が、あっけないのだけれど、かすかな余韻が残るものがぼくは好きで、ぼくは背筋を伸ばしてぼくを見送るマダムの笑顔の中に、ロンドンの光を見つけて、気づけば癒されている自分を知ることができたのだった。
日本でのコンサート活動はこの夏、8月7日の大阪で、終わり、となるが、ぼくの音楽に終わりはない。そういう希望の輝きをマダムからもらえた気がした。
ぼくは、ぼくの、人生を歩いていきたい。

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つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ロンドンの朝食、明日はティーハウスにでもいって、エッグベネディクト、注文してみようかな、と思います。体重計にのったら、ちょっと減っていたので、栄養を取り戻さないと。さて、今日はちょっとのんびり、午後は、ヒデたちとランチでも!!! 


さて、さて、日本での引退も決定したので、東京と大阪公演、これで当面、見納めになりそうですね。生涯、最高のライブにしますので、お付き合いください。
・東京3DAYS公演
7/30(火)ヒューリックホール東京
7/31(水)ヒューリックホール東京
8/5(月)ヒューリックホール東京
・大阪公演、ワールドツアー千秋楽!
open18:30/start19:00
8/7(水)フェスティバルホール大阪
open18:00/start19:00

Design Stories先行
受付期間:4/6(土)10:00~4/19(金)23:59・抽選

https://w.pia.jp/s/jinsei24ds/
※デザインストーリーズ先行発売でーす。一般発売は5月です。

さらに、、、、
フランスツアーが6月に行われます。
パリは、ベルビルにある老舗の劇場「Le Zebre」にて行われます。チケットが発売になりました。在仏、在欧の皆さん、お時間があれば、ぜひに。
☟☟☟☟☟
●6月30日、パリ、Le Zebre チケットはこちらから、どうぞ!
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https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-paris-concert-le-zebre-30-juin-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301135.html

そして、7月3日、リヨン、La Marquise
なぜか、パリの会場よりも、売れています。売り切れる前に、お早目に!笑。
チケットはこちらから、どうぞ!
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https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-lyon-concert-la-marquise-peniche-03-juillet-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301835.html

●7月20日から7月28日まで青山・新生堂画廊にて、個展!
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(こういう世界各地のフェスは今後もやります。これも決まっているので、やります)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

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