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退屈日記「シングルファザーの還暦おやじ、コロナ奮闘記」 Posted on 2020/04/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、シングルファザーでしかもコロナ禍で還暦というところに今、ぼくはいる。休校で16歳の息子の世話係のようなことをしながら、相変わらず掃除洗濯買い物料理などを日々こなしながら開いている時間に世界各地にいるDSライターさん(70名ほど)に執筆依頼をしたり頂いた原稿を読んだりリライトしたり、もちろん自分も記事を書くし、パリと東京の編集部員とラインなどを駆使して、今、何が日本の人たちに必要な声なのかを午前中と夕方に編集会議などやって議論している。他に連載数本、いくつかの小説を抱え、さらには大学の先生になったので、オンライン授業用の動画の制作などもやっている。家のことと仕事を交互にやるだけで一日は終わってしまう。もともと引きこもり気味な性格だから家にいることは苦じゃない。朝飯は息子が作っているし、昼と夜はぼくが作るけど、息子は自分の分の洗濯はやってくれるので助かっている。それでもやらないとならないことは多い。気が付くと毎晩深夜三時くらいまでは動いているし、パソコンと向き合っている。



ここのところ日本のテレビ番組への電話出演というのが増えた。テレビ出演だけ、芸能事務所のタイタンが窓口になっていて、そこから話しが舞い込む。ぼくの担当は小野寺さん。(TV出演以外は個人事務所のJTコミュニケーションズで受けている)毎日一本くらいのペースでどこかの番組に出ている。これが生放送だと、事前打ち合わせが別日に小一時間ほどある。(なのに、出演時間は3分だったり5分だったり)たとえば「スッキリ」は二回出演させて頂いたけど、朝の番組なので、出番が深夜2時40分から5分ほどで、仕事をしながら待つことになる。

二時間くらい前に回線チェックがあり、本番10分くらい前に電話が繋がり、スタジオの様子を聞きながら待機。時間になると「辻さん、加藤ですー」と呼びこまれて、電話出演がスタートだ。その間、黙って待ってないとならない。深夜、しーんと静まり返ったパリの仕事場に加藤さんたちの朝の声が響き渡っている雰囲気というのはちょっと奇妙でもある。テレビ電話でお願いしますと言われることもあるけれど、やり方がわからないのと、わかってもボロボロの顔を世間に晒すと心配する人が出てきそうなので、電話だけにさせてもらっている。現在の精神状態だと、はいはいはい、とのんきに顔出しするのが難しい。実は家事に追われているので、その時間に合わせるのも大変なのだ。また、テレビ出演をした後、言葉にならない不思議なむなしさに襲われる。宇宙空間に放り投げられたような感じ。日本はどうなる? 世界はどこいく?予め寝酒を用意していて、電話を切ったら、気持ちを落ち着けるためにいっぱい引っかけてからベッドに潜り込むことになる。



日中、時間が出来ると、帝京大の学生たちに向けた動画制作などをやる。10分程度の短いものだが、人間はなぜ生きているのか、コロナ感染が広がるこの世界でどういう心の備えが必要か、そういう時代に学生は何を目指して学ぶべきか、など、ふだん自分が考えていることを自分の言葉でカメラに向かって語っている。そのカメラの向こうにいるまだ会ったこともない学生たちの顔を想像しながら…。ここだけは真剣に顔出ししないとならないので、ちゃんとお風呂に入り、顔を洗って登場している。先生の顔で…。たまに息子が手伝ってくれることもある。けれども、フランスを含め、欧州の現状を冷静に分析し、情報を集めていると、この出口の見せないコロナ戦争という現実に負けそうになる。でも、ぼくが負けるわけにはいかないので、未来を信じている学生に向けて、出来るだけ笑顔でいるのだ。これほど世界中でものすごいことが起きているというのに、ぼくの足元には常に日常があり、息子が生きている。絶望する間がないのはありがたいが、こういう時、人間に必要なのは哲学だと思う。なぜ生きるのか、自問自答をすることが今のぼくを支えていたりする。さて、これから床掃除をするのだ。その後は窓ふきをやらないとならない。やるべきことに救われている。パリは今日から、日中ジョギングが出来なくなった。床拭きで足腰を鍛えてやる。

退屈日記「シングルファザーの還暦おやじ、コロナ奮闘記」

自分流×帝京大学