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滞仏日記「ぼくの仕事の仕方も大きく変わってしまった」 Posted on 2020/04/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は一日、テレビの仕事ばかりであった。今、日本のテレビ局も自宅待機が中心なのだそうで、とあるプロデューサーさんから携帯で番組を作りたいのだけれど、と持ち掛けられた。携帯とかラインとかスカイプを駆使して「人と人が接触しない」番組作りが出来ないか真剣に模索している、と言われた。全世界を繋いで番組を作れるので面白いですね、と言ったのはいいが、じゃあ、YouTubeとどう差別化していくのだろう、とちょっと考え込んでしまった。

もう一つ、スカイプを使ったトーク番組の収録があった。回線チェックがあり、東京のスタジオとぼくのスカイプが繋がって、司会の為末大さんといろいろ語りあった。もちろん初対面だったけれど、スカイプを通して不思議な皮膚感が伝わってくる。ぼくがいるのはリビングルームの一角、本棚の前に一人掛け用のソファを運んできて、パリ辻スタジオを急ごしらえした。最近は、ここで収録をすることが多くなった。東京に行かなくても、テレビに出演できる。上はジャケットを着ているが、下は映らないのでジャージだったりする、その軽い感じがむしろ今の時代っぽさかもしれない。テレビ局に行くとメイクルームがあって、メイクさんがカッコよくしてくれるが、自宅だから、5分前までベッドでごろごろしていたのに、即本番みたいな。逆にリアルさはあるかもしれない。親近感と言うならば、もしかすると圧倒的に近い。ただ画像が酷いので、もしかすると来年くらいにプロ用テレビスカイプのようなものが開発され出回るかもしれない。フランスのテレビ番組(お国側、フランスはニュースや討論番組が主流で、日本的なバラエティ系番組はほぼ無い)などのゲストはスカイプや携帯テレビ電話が使われている。とくに最前線の病院からお医者さんたちが出演し、医療現場の現在をレポートしている。これは実にリアルだ。こうやって番組を作らないとならない時代が間違いなく近づいている、いや、すでに来ている。



収録後、ぼくは帝京大のオンライン授業のためのビデオ製作をやった。10分近い動画を3本作った。テーマは読書にまつわること、表現の初期衝動について、このような時代を生き抜くための哲学だったが、何本かすでに作って来たので、制作はとってもスムーズだった。YouTubeのような近さを考慮している。学校を開けない今の教育の現場は世界中どこも大変な状態であろう。フランスの学校はまさに今、全てがリモート教育に変更となった。もともと、フランスはコンピュータ教育に力を入れていたので、移行はスムーズだった。公立の学校では生徒一人に一台タブレット端末が支給されており、全仏の学生と教師、親を繋ぐネット網も存在し、もともと次世代を見据えていた。ロックダウン直後から、学校がそのまま家庭にやって来る状態がはじまり、面白いことに、先生たちの声が息子の部屋から漏れてくる始末。ここにも新しい時代の流れを感じた。

人類がこのパンデミックを境にして、経済も政治も報道文化芸術も食も教育もあらゆる分野において価値観の交代が求められていることは間違いなく、とくにビジネスの分野では急激な形態の変更が余儀なくされることになるだろう。ぼくは家から出られないが、いわゆるテレワークの量が増えている。表現自体は変わらないのだけど、それを発信させるツールや形態や発想が変化した。



一方で、文学や映画や音楽はこれから先、どうなっていくのであろう。これまで通り、人々は小説を読み、音楽を聴き、映画を見るのだが、たとえば、ぼくが去年から撮影している映画は3密の問題で延期を余儀なくされ、厳しい状態に置かれている。また5月24日に予定されていたオーチャードホールでのぼくのコンサートも再延期となった。小説はずっと書いていたが、新型コロナのパンデミックを受けて、それまで書いていた物語ではこの現実に飲み込まれてしまいかねず、発表を延期し、根本から書き換えることになった。そういう意味ではこのウェブサイトが、ぼくがもっとも今、世界に向けて語りたいこと響かせたいこと伝えたいものを届けられる一番即効性のあるプラットホームになってしまった。

2020年は人類にとってあらゆることの大転換期になった。ぼくが子供の頃は、冷戦の時代で、米ソというのがこの世界を二分していたが、コロナ大戦の後には、この世界の構図はガラっと様変わりしてしまっているのじゃないか。消毒薬を注射したら治ると国民に向けて語ったトランプ大統領を信じてやった国民がかなり出ているという今朝のニュース。ぼくが冷戦以降知っていた世界がもうすぐ終わるような予感が頭から離れない。そうなったら、この地球はどういう主義圏になるのか、どういう勢力が覇権を握るのか、どういうルールが出来るのか、どういう価値観が人類を牛耳るのか、考え込んでしまう。今は、そんなことよりも、この禍を一刻も早く脱することだろうとは思うが、世界のリーダーたちはウイルスの封じ込めに注力しつつ、次の時代の舵取りに頭を向けていることだろう。ぼくら地球人はこの星の行方を冷静に見極めていくこともしっかりやらないとならない。同時に、感染しないように、今まで以上に自分を守る必要もある。あまりに長い綱渡りが続くのだ。

滞仏日記「ぼくの仕事の仕方も大きく変わってしまった」

自分流×帝京大学