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退屈日記「息子はロックダウン中、リモート恋愛をし、リモート失恋まで経験した」 Posted on 2020/05/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子の学校再開はどうやら9月からになりそうだ。一応5月14日から公立の保育園、幼稚園、小学校の一部が再開となった。医療従事者とか警察官のお子さんたちが対象の第一弾再開なのだが、一クラス15人以上には増やせないので、少人数制になればなるほど先生たちが必要となり、今の体制では今すぐ再開が出来ない学校ばかりなのである。公立の中学、高校はまだ道筋が見えない状態にあり、再開されていない。うちの子の学校は一クラス40人もいるので、三つのクラスに分かれるため、秋以降の再開となった。



で、息子なのだが、彼は毎日リモート教育を受けている。学校がオンラインを介して家にやって来るというわけだ。インターネットに慣れ親しんだ息子たちの世代はむしろリモート学校をすんなりと受け入れることが出来た。こっそり授業風景を覗かせてもらったけれど、先生たちの努力もなかなかのもので、特に凄いのは「体育」だ。結構頻繁に体育の授業があり、その時間になるとリビングルーム(サロン)でどたどたと凄い音がしはじめる。覗くと息子が携帯を覗き込みながら筋トレとかをスクワットとかジャンプみたいな床が抜けそうな体操をやっている。体育教師のゲキが飛び交っている。「よーし、みんなー、次は腹筋100回!」スポコン漫画みたいで、和んだ。

ロックダウン中、息子はリモート恋愛をし、その子をなんとなく紹介されたのだけど、ある日、ピタッと息子の元気がなくなり、思うにパパとジョギングをしなくなった頃であろう、彼はリモート失恋まで経験してしまった。息子君の恋愛苦難は続く。っていうのか、あれを即座に恋愛と言ってしまうところがめっちゃ現代的だ。仲良くなった異性とのリモート友情を恋愛に変換してしまうイージーさがリモート時代っぽくて、つまり一度も現実的に会ったことのない子たちとの幻想恋愛ごっこに過ぎないのだ。ま、親としては、異性を知る導入としてはいいんじゃないの、と和ませてもらっている。逆に、現実の学校とかで、本当に好きで好きでしょうがない子が出現したら、どうするんだろう? 面と向かって告白とかしないで、リモートで恋を打ち明けたりするんだろうか? 



でも、このロックダウンの最中、成果もあった。彼はずっとポップミュージックやヒップホップをやり続けているが、フランスの大手ディストリビューターから音源の配信が始まったのだ。Sportifyなどで聞けるので、応援しようか、と申し出たけど、断られた。自分だけの世界を大切にまずは欧州で実績を作りたいのだとか…。それはいいことだな、と思った。すでにそこそこのファンがいるようで、リモート音楽活動はいい滑り出しなのである。仲間たちとユニット名を決めて今はアルバムの制作に着手している。その活動を通して出会った十代の音楽仲間たちとのリモート交流はなかなか充実しているようだ。みんなレベルが高い。会ったこともない音楽仲間たちと音源のシェアをして、それをもとに曲作りをし、それを仲間たちと共有するというユニークな音楽制作の時代の到来である。リモート音楽活動をし、そこで出会った連中とリモート友情を育んでいるという状態だ。



新型コロナの出現が、これまでにも多少広まっていたリモートの世界を一気に定着させてきたという皮肉である。ロックダウンを経験したことでこのリモート世界が生まれたのである。リモート学校、リモート恋愛、リモート音楽配信、リモート友情というのはわかるけど、コロナがいつまでも収束しなければ、リモート夫婦の誕生とか、リモート会社とか、リモート選挙とか、リモート社長とか、リモートバスはすでにありそうだけど、リモート診察もすでにあるな、リモート自動車教習所とか、リモート占い、リモート葬式、リモート国会、リモート出産(?)、リモート漫才とか、増えそうだ。ここのところテレビの世界でも、リモート収録は普通になったし、リモートドラマやリモート出演もある。でも、小説化はもともとリモートなので、ぼくの仕事のスタンスはそんなに変わらないのだけど。

新型コロナウイルスの大流行によって、ぼくらの生活様式はこれまで当たり前だったことを変容させる可能性が出てきた。人と人が接しないで仕事が可能になる社会は、どういう未来をぼくらに届けることになるのだろう。しかし、どんなにリモートが流行っても、料理とか子育てだけはリモートでは出来ない。ぼくのような主夫はまだまだ対面式で頑張るしかないのである。  

退屈日記「息子はロックダウン中、リモート恋愛をし、リモート失恋まで経験した」

自分流×帝京大学