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滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」 Posted on 2020/06/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、とにかく暑い。あまりに暑いので、何もする気が起きない。ホテルを探すのも面倒くさくなってきた。魂の洗濯をすると言っても、35度近くあるので、洗濯どころかちょっと歩くだけで汗びっしょり…。車の中が涼しいので、ドライブばっかりしているけど、どこまで行っても景色は変わらない。浜辺に行っても砂が熱すぎてゴロンが出来ない。アイスクリームばかり食べている。仕方がないので、午前中、足を延ばして最新小説の舞台にもしたトゥルーヴィル辺りまで行き、その辺を散歩してからパリに戻ることにした。
「え? もう帰ってくるの?」
息子が笑いを堪えながら言った。やれやれ。
「いや、お前が何食べてるのか心配だし、暑いし。アイスばっか食べちゃうし」
「もう気分転換は出来たの?」
「だいたい出来た。昨日もずっと海辺で夕陽が沈むのを見ていたし、楽になったよ」
「よかったね。じゃあ、気を付けて」

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」



浜辺は太陽がきついので、路地の日陰を歩くことにした。人間一人がやっと通れるような坂道を登ったり、下りたりした。ちょっと鎌倉とか葉山に似ている。狭い道と古い家、人々の暮らしが隣接していて、観光地なのに、人々の生活の匂いを嗅ぐことが出来る。ここを最初に小説の舞台に使ったのは「父 mon père」という作品だった。もうすぐ文芸誌で発表になる新作小説もここがちょっとだけ舞台になっている。とっても好きな場所なのだ。人口は4500人。でも、文化と歴史と霊感の町である。ここを歩くと落ち着く。鎌倉が好きな理由に似ているかもしれない。

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」

マリンウエアで有名なセント・ジェームスのブティックがあった。入口にセント・ジェームスのボーダーシャツを着たマネキンがいたので、写真を撮ろうとしたら、ウインクをされてしまった。びっくりして、覗き込んだが、もう瞬きはしてくれない。うんともすんとも言わない。それで思い出してしまった。昔は本当によくこういうことがあった。20歳くらいまで、ぼくは妖精に囲まれて育った。(信じなくていいです)一日に何回も何回も激しい既視感に襲われた。道を曲がるとそこにいる人のことが前もって分かっていた。曲がると本当にその人がいた。(あの、信じなくていいです)怖い話しで恐縮だけど、死ぬ人が分かった。この人がもうすぐ死ぬ、と思ったりしたら、その少しあとにそうなって悲しかった。(信じなくていいです)樹木とか、鳥とか、虫とかと話すことが出来たし、導かれたことが何度もある。(本当に、ごめんなさい。信じなくていいです)そういうのを過去に本にも書いたけど、でも、30歳を過ぎたころから、だんだん、そういう力が減っていき、人が死ぬのを見抜けなくなり、妖精もいなくなり、予知も出来なくなった。でも、久しぶりにセント・ジェームスのマネキンがぼくにウインクをしたので、懐かしかった。この感じ、感覚、違う世界からの招待状…。それは昔、ぼくが経験していた感じにそっくりだった。で、何が言いたいのか、というと、最近、再び、子供の頃のような言葉で言えない気配を予感を兆しを感じるようになっている。妖精かどうかわからないけれど、注意して生きなきゃ、と思うようになり、路地を曲がる時とか、坂道を歩く時とか、近づいて来る犬とか蜂とかを受け止めるようになった。その、変な言い方だけど、欲望から自由になりつつある。あの、信じなくていいです。(笑)

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」



ずいぶんと歩き続けて、疲れたので、帰ろうとしていたら、おばあちゃんに手招きをされてしまった。おばあちゃんは、こっちよ、早く見てごらん、と言った。ぼくはとにかくその人の横に立ち、その店のショーウインドーの中を覗いたのだけど、するとそこには座布団が置かれてあって、赤い座布団の上に猫がいて本当に気持ちよさそうに寝ていた。その恰好といったらなかった。おばあちゃんが微笑みながら、いつもここでこの子は寝てるのよ、でも、いっつも違う恰好なんだから。今日はなかなか傑作じゃない、あら、とぼくの顔を振り返って初めてぼくに気がつき、そう言ったのだ。ぼくは笑顔で、ボンジュール、と言った。おばあちゃん、まさかそこに日本人がいるとは思っていなかったみたいで、最初はきょとんとしていたのだけど、
「よく来たね。あなたがたくさんの人を連れてきてくれたから、寂しくなくなったわ」
と言って微笑んでくれたのである。ぼくは慌てて自分の背後を振り返ったけど、通りの突き当りに教会が見えただけだった。
※ 猫の動画を見たい人は、こちらから。

こういう行く当てのない旅というのは、思うに、何かを思い出すための、或いは何かを取り戻すための旅だったりする。今回のノルマンディの旅は、きっと若い頃のあの感覚を取り戻すための旅だったように思えてならない。その後、高台の展望台に行って、そこはプライベートなカフェのような場所だったけど、お茶をしていたら、目の前にこいつ飛んできて、
「あれは、美味しかった」
と言ったのだ。あ、と思ったのは、ぼくが一昨日、あの山の向こう側の村のホテルでバゲットを与えたカモメに似ていた。ぼくは本当にびっくりして、というのも、そのカモメはぼくの一メートル前に立って、ぼくを見ていたのだから。慌てて、携帯を取り出し、写真を撮ろうとしたら、
「あまり意味を探さないでね」
と言い残して飛び去っていった。その間、僅か1分の出来事であった

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」



これは不思議なことだろうか、いいや、そうは思わない。現実ばかり見ていると、見えない世界というのがあって、きっとぼくが取り戻しつつあるのは、忘れかけていたあの頃の感覚なのかもしれない。少し、現実的な世界から自分は離れつつあるのかもしれない。あまり、しつこく、意味を探すのをやめてみよう、と思った。

滞仏日記「意味を探すな、とカモメがぼくに教えてくれた日」

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