JINSEI STORIES

退屈日記「パパ友、ブリュノの苦悩。日本人元嫁と日本企業との間で」 Posted on 2020/09/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくはママ友が多いのだけど、パパ友も数人いる。残念ながら、パパ友とはワッツアップのチャットグループは持ってない。
フランスの男性たちはグループ付き合いをやらない。
ちょっと奇妙な関西弁を話すパパ友のブリュノから呼び出されて、15区にある韓国レストランでランチをすることになった。
実は、ママ友とはランチをすることは多いけれど、パパ友からランチをしようと言われることは滅多にない。
「辻さん、食事せ~へんか」
最初、この文字に違和感を覚えた。変な関西弁だからではない。
ビジネスランチならば男性ともするのだけど、プライベートの食事というのはもしかしたら、初めてかもしれない。
離婚直後、リサの夫のロベルトに呼び出され「メンタルは大丈夫か」としつこく聞かれた時も、食事ではなく、アペロ(夕方の飲み会)であった。
だから、よっぽどのことがあるのだろうと思い、疲れていたけど、彼が指定してきた韓国レストランに出かけることになる。



料理を注文してから、訊いてみた。
もちろん、日本語で。ブリュノは日本語がペラペラ。おっと失礼、関西弁がペラペラ。
「で、何の用? 食事に呼び出されるってことは、なんかあるんでしょ?」
「別に用はないねんけど、ただ、辻さんと食事がしたかってん」
「それは嬉しいけど、じゃあ、言い方を変えるよ、最近はどう?」
すると、ちょっと困ったような顔をして、まあ、ぼちぼちかな、と言った。
アクセントがフランス訛りの大阪弁なので、笑っちゃいけないと思うのだけど、顔がまるでナポレオンみたいだから、マジ、目が合わせられずに困った。
彼は「今は日系企業で働いてるんやけど、コロナでその会社の業績もあんまりよくないしな、コンサルタント契約やから、この先、いつ解雇されるか、わからへんわ」と呟いた。
彼の名誉のために付けくわえておくと、ぼくが関西弁よくわからないので、だいたいこんな感じで言ったという記憶を頼りに書いている。実際はもう少しちゃんとした関西弁だと思って読んで頂きたい。多分。



ちょうど、フランスでは今、ブリジストンが工場を閉鎖するというので、フランス政府が雇用者を守るためにかなり神経質になっており、連日このニュースが流れている。
ルメール経済相が「工場閉鎖阻止に向け闘う」と異例のコメントを出した。
協議は打開策を模索するような動きになっているようだけど、絶対、ブリジストンにも言い分があると思う。
ただ、コロナ禍の状況下なので、5000人の雇用が消える側のフランスでは、日本は冷たいというイメージが報道されてしまうのも仕方ない。
パリの人たちは冷静に報道を受け止めているけれど、工場のある北フランスにはあまり行きたくない感じ、の今日この頃だ。

ブリュノが務める日経企業も内情は一緒だろう。
消費が冷え込んだ欧州で、日本国内も大変なのに、この先、どうやって続けていけばいいのか、と思っている日系企業は多い。
「ぼくはまだクビが繋がってるけど、このまんまやと、厳しいんちゃうかな」
とブリュノは言った。ぼくらが注文をした豆腐チゲとユッケビビンバが届いた。
あまりに美味そうで、一旦、暗い話はやめて二人で食事にむかった。美味い!

退屈日記「パパ友、ブリュノの苦悩。日本人元嫁と日本企業との間で」

退屈日記「パパ友、ブリュノの苦悩。日本人元嫁と日本企業との間で」



そこから暫く、日本の芸能界の話しで盛り上がった。
ブリュノはいわゆる日本オタクで、好きなアイドルがいるが、日本を離れて20年のぼくには分からなかった。
そういう話しをしている時のブリュノは幸せそうで、オタクがそのまま大人になったような感じ。
元奥さんとはフランスにあるコスプレ集会で出会ったそうだ。
実は日本好きフランス人というのがけっこういて、根暗だけど優しい。フランスのオタクはまあ、付き合いやすい方かな。
食事が終わり、デザートを注文したところで、実は、とブリュノが切り出した。お、やっと本題だな、と思って、ぼくは姿勢を正した。



「元嫁が日本で再婚して、コロナのせいもあるけど、彼女に子供が出来たこともあって、世話してるからパリに来られへん。うちの娘たち(14歳と16歳)はなんも言わへんけど、ちょっとコンプリケ(複雑)やね。だれのせいでもないけど、このままずっと会われへんちゅうのもね~」と悩みを打ち明けた。
ブリュノのことをもう少し説明しておく必要がある。
娘さんがうちの息子と小学生の頃、同じクラスだった。
でも、離婚をして今はシングルファザーだ。
元の奥さんは日本人だったけど、日本に戻り再婚をし、3年前に新しいご主人との間にお子さんが出来ている。
高齢出産で大変だったようだ。
ぼくも何度か会ったことのあるサバサバした感じの女性で、ブリュノが尻に引かれているのは当時から有名だった。
フランスでは離婚をしても親権は両方が持つので交互に子供の面倒をみないとならない。でも、生活力のない元嫁さんは一度、仕切り直すために日本の実家に戻った。
そして、3ヶ月に一度くらいの割合でお子さんたちに会いに来ていた。夏休みの二ヶ月間、冬休みなど長期休暇の時は元奥さんが子供たちを日本で預かっていた。なので、日数にすると、ブリュノも元嫁さんもだいたい年間半分ずつ子供の面倒をみていた感じになる。
生活力がないので、日本に戻らざるを得ない元日本人妻の皆さんは意外に多い。
ところが彼女は今、日本で小さな子の世話をしないとならない。でも、思春期の娘たちはお母さんに会いたい。



「ぼくが日本に娘たちを連れて行って、どっかで会えたらええんやけど、実は、今日本はコロナでフランス人は入国できひん」
「え、あ、そうか、海外在住の日本人は戻れるけど、君はフランス人だから日本には入れないんだ」
「子供たちは日本の国籍持ってるから、帰れるけど、空港でPCR検査受けて、二週間の自主隔離せなあかん。学校があるから、長期間フランスを出るんはややこしわ」
ぼくらは黙り合ってしまった。実は、この問題、結論が出なかった。
やっぱりコロナのせいだ。コロナが落ち着き、日仏のあいだで、行き来が出来るようにならないとこの親子の再会は難しいかもしれない。
「解決策がないんら分かってるんやけど、君に会って、ぼくの悩みを聞いてもらいたかったんや」
「そうか、じゃあ、今度、うちの息子もいれて5人で食事でもしようか」
「ああ、そうしよう。娘たちは日本人に会いたがってる。日本に行きたいといつも言うてる。下の子は泣いてることもある。コロナが憎いわ」

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