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滞仏日記「辻家の第二章は、親子でレコーディング」 Posted on 2019/04/24 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子とレコーディングを開始した。いつかこの日が来ることをどこかで夢見て生きてきたが、ついにその日を迎えることが出来た。二人きりで生きていく中で、親子を繋いできたものは音楽だった。彼の人生において音楽はとっても大きな位置を占める。10才でビートボックスをはじめた彼の音楽への傾斜はループステーションを通過し、ラップやヒップホップを経験し、15才の今は曲作りへと向かっている。ビートボックスにおいては、インターネットのアマチュア全仏大会で準優勝という腕前だ。(笑)その技術の高さは自分が15才の頃の比ではない。時代が違い過ぎるので一概に比較は出来ないけれど、彼が作った音楽に我が家を訪ねてくるプロのミュージシャンたちも「ほ~」と笑顔になる。ピアニストのエリック・モンティニーが最近息子にピアノを指導しはじめた。これが息子の音楽にさらなる幅をもたらせたともいえる。なので、いつの間にか15才と59才は音楽を通して互角の関係となった。

変な言い方だけど、ミュージシャンとしての息子を僕は尊敬している。なので、ある日、コラボを持ちかけてみた。何度か断られたが、父はめげなかった。自信ある新曲が出来たので聞かせたところ、やる、とようやく快諾を得た。僕はまるでオーディションに合格した新人のような感動を覚えた。親バカの新しいタイプの出現かもしれない。

息子の部屋の壁側にはコの字型に机が配置され、パソコンやキーボード、アンプやギター、YouTube用の撮影機材がずらりと並んでいる。ちょっとしたスタジオ風情だ。「パパ、やるよ」と合図があったのでギターを持って彼の部屋を覗くと、すでにレコーディングの準備は完了していた。僕はマイクの前に立ち、ヘッドフォンをかぶり、リズムボックスにあわせてギターを弾き始めた。

「あ、間違えた」

途中でコードを間違えたので中断となった。「パパ、サンプリングするから、間違えてもどんどん弾いていいんだよ」と怒られてしまう。「そうか、サンプリングか」部分部分録音したものをコピペして一曲にしてしまうのだ。だから、4小節ちゃんと弾ければ、あとは息子が勝手に曲にしてしまう、という流れであった。しかし、こんなにレコーディングで緊張したこともない。ECHOES出身の辻仁成がタジタジであった。「ま、いいんじゃない。あとはやっとくよ。曲が出来たら歌えばいいから」だってさ。やれやれ。

ということで30分後、「イントロ出来たから」と息子が言った。彼の部屋に行き、ヘッドフォンをかぶった。いきなりインドの奥地を旅するようなサイケデリックなイントロが始まり、度肝を抜かされた。でも、ここで「すごいじゃん」とは言えないものだから、「いいんじゃないの」と偉そうに言っておいた。悔しい。「おけ。じゃあ、僕、ウイリアムとブーローニュの森まで自転車で行ってくるから続きはまた夜ね」と言い残し恐るべき子供は出かけて行った。(笑)とまれ、曲の完成が待ち遠しい。このイースター休暇中に息子が仕上げるはずだ。僕は急いで歌詞を書かなければならない。辻家の第二幕がこうやってスタートしたのである。
 

滞仏日記「辻家の第二章は、親子でレコーディング」

滞仏日記「辻家の第二章は、親子でレコーディング」