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滞仏日記「チャリティコンサートに暗雲。日仏音楽の違い」 Posted on 2019/05/27 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、フランス人のドラマーのジョゼが「そんなに早い時間に会場入りは出来ない。ついでにチャリティはいいけど、僕らの出演料がここまで低いのはどうかと思う」と主張してきた。チャリティであることはもちろん事前に伝えてあったが、なんとなく気まずい感じになった。僕は「ジョゼとは長い付き合いなので嫌な気持ちを抱えて一緒にステージにはあがれない」と思った。なぜ、ジョゼがこの段階で不満を口にだしたのかもわからなかった。ピアニストのエリックが説明をしてくれた。「僕らミュージシャンは社会の中でも一番支援の必要な存在なんです。ノートルダムへの寄付は大企業が莫大なお金を競うように払っているけど、実はもっとお金が必要な場所や人々はいくらでもいる。僕はチャリティコンサートを理解するけど、フランス人の中にはそれを理解できない人もいる。辻さんの想いが素晴らしいと思う反面、黄色いベスト運動もそうだけど、社会に弾圧されている階層の人たちにとってノートルダムの復興よりも優先される問題があるだろうという考えもある」

しかしフランスのミュージシャンは日本に比べると様々な面で保護されている。彼らの税金分は主催者側が払う形になっているし、税法も優遇されている。フランスの音楽組合の結束力は強い。日本のミュージシャンは彼らに比べ、本当に守られているのだろうか、と悩む機会となった。そのフランスにおいても、ミュージシャンばかり擁護されるのはおかしいと税制そのものへの批判もあるようだが、フランス人は音楽家をリスペクトしており、固定収入のない彼らを守ることこそフランスの文化を守ることだと主張する人が多い。だから、フランス人ミュージシャンの出演条件へのこだわりは日本と比較にはならない。主催者側は本来、当日のお弁当や打ち上げの中身まで彼らに説明をしないとならないらしい。

すったもんだいしていると、ジョゼからメッセージが届いた。「辻が寛大で広いエスプリを持ったミュージシャンであることを知っているくせに、それを理解せず、エリックやみんなに相談することもせず、あまり考えることもなく自分の気持ちをそのままメッセージとして送ってしまったことを後悔し、深く反省する。言い訳になるが、今、自分は家族に心配事を抱えていて、そのこともあり、当日はどうしても子供の面倒をみなければいけないからぎりぎりの会場入りになってしまうんだ。正直、ライブのギャラが安いと感じていたのも事実だけれど、チャリティに対して辻や日本人の想いを考えることもなく自分の発言がみんなを傷つけてしまったことを謝りたい」

このメールを全員で読んで僕らは反省をした。フランス人である彼は僕らと同じ想いでないことは当然なのに、その辺のことをきちんと確認することもしなかった。少しでもノートルダムに寄付したいからとフランス人のミュージシャンたちのギャラも低く抑えてしまった。その金額については前もって伝えていた上での出演交渉だったので、当然、理解してくれているだろうと思いこんでいた。でも、彼の中では不満が募っていた。そこは日仏文化の違い、ミュージシャンの扱い方の国の違い、なのだから仕方がない。

結局、僕から「君の家族が大変なことに僕らも気づかなかった。申し訳ない。もう一度新たな気持ちで手伝ってもらえないだろうか」と打診した。「もちろんだ。やらせてくれ」とジョゼから前向きの連絡が入った。ともかく、あと一週間後にチャリティライブが迫っている。連帯するには心が必要だ。チャリティそのものにはいろいろな意見があるだろう。僕は寄付をするためだけにやるわけじゃない。東日本大震災の2日後、ノートルダム大聖堂で行われた3000人ミサへの感謝を忘れたくなかった。しかし、こういうことも乗り越えての連帯なのかもしれない。6月1日は、参加者それぞれの立ち位置の違いはあれ、強く優しく、フランスに寄り添いたいと思う。 
 

滞仏日記「チャリティコンサートに暗雲。日仏音楽の違い」

©Takeshi Miyamoto