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滞仏日記「息子特派員によるローランギャロス観戦記」 Posted on 2019/06/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子が友人のナタン君の招待で全仏オープンを観に出かけた。とりあえず、お弁当(今日は焼きサバのケチャップのサンドイッチ)と入場に必要なパスポートを持たせた。夜、9時近くに戻って来て、彼は興奮気味に語り始めた。僕はテニスに疎く、全仏オープン(ローランギャロス)のことも、錦織選手やナダル選手のこともほとんど知らない。なので、遅めの食事(トマトカレー)を二人でとりながら、全仏オープンについて息子から教えてもらうことになった。

「パパ、全仏オープンのことをローランギャロスっていうでしょ。ローランギャロスというのはね、昔の冒険家でパイロットだった人の名前なんだよ。彼が偉大だったので、会場にその名前がつけられたんだ」
「ふ~ん」
「僕が観戦したのがスタッド・ローランギャロスという場所で、ブーローニュの森とウイリアムの家のちょうど間にあるんだよ。たくさん、24っつもコートがあってね、ここが他の国際会場と違う点はクレーという赤い土が使われてること。なんで、赤土が使われてるかはわからないけど、ナタン曰く、選手泣かせの難しい土らしいよ」
「ふ~ん」
「ちなみにね、テニスの国際四大大会のことをグランドスラムっていうんだけど、知らなかったでしょ? ローランギャロスはその一つなんだ」
「ふ~ん」
「僕らのチケットはただ入場するための子供料金で12ユーロだったんだけど、明日の男子シングルス決勝、ナダルとティエムの試合を見るなら400ユーロ(5万円ほど)以上するんだよ」
「へ~」
「これ、見て。僕とナタンはナダルの練習を見ることが出来たんだ。世界一になるかもしれない選手の練習風景だよ」
「ほえ~」

滞仏日記「息子特派員によるローランギャロス観戦記」

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「ここからが凄いんだ。ナタンがね、決勝戦を観ようぜ、って言いだしたんだよ。でも、チケットはない。実はね、チケットがなくても満席じゃない場合、何人かを主催者が入れてくれたりするらしいんだ。よく、システムはわからないけど、ナタンの言葉を信じて、僕らはみんなが並んでいる列とは違うところへ向かった。そこにおじさんがいて、ナタンが、僕ら中学生なんだけど、勉強のために、入れてもらえませんか、と頼んだんだ。正規で買うと物凄く高い席なんだけどね」
「へ~」
「最初は、ダメですって断られて、帰りかけていたら、そのおじさんが走って来て、君たちはラッキーだな、観戦できるよ、と言い出した。なんか、上の人に掛け合ってくれたみたいで、それで、僕らはみんなが並んでいるのとは別の立派なドアから中に入ることになるんだよ」
「ほえ~」
「しかも、なんと! 僕らが座った席はテニスコートを真正面に見ることのできる最前列の席だったんだ」
「ほえ~」
「ドイツ対フランスのダブルスの決勝戦だった。夕方の18時くらいから始まったんだけどね、結局、フランスは2-0でドイツに負けてしまう」
「ふ~ん」
「でも、力強い試合に僕らはずっと興奮しっぱなしだった。選手がものすごく集中して戦っている姿を観戦出来てよかった。やっぱりスポーツは素晴らしいね。負けた選手のことを僕はいろいろと考えてしまったよ。でも、また頑張ってほしいなって思った」

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