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滞仏日記「息子の将来」 Posted on 2018/12/22 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、今日からフランスはクリスマス休暇に入った。1月7日くらいまで二週間も休みが続く。フランスはこの二週間規模の休みが年に4回もある。しかも夏休みは二か月もあるので、土日祭日をあわせると年の半分は休みという計算になる。その間、息子は家にいる。学校に行ってもらっている方が羽根を伸ばせるので助かる。家でごろごろされているとこちらもランチだおやつだと落ち着かない。とくに年頃の男の子というのは難しい。結構、気を遣っている。二人で暮らしだして5年ほどが過ぎた。順調に育っているとは思うが、彼の心の中まではいくら父親でもわからない。甘えたいこともあっただろうが、何せやぼったい父親と二人なので彼はその弱さを外に出さずに抱えて生きてきた。フランス語の家庭教師の先生が優しい女性で、懐いていたが彼女も結婚をしてボルドーへ移った。親友のお母さんのリサが母親代わりをしているけど、僕がいない時に結構甘えているようだ。父親にべたべたできないのは当然であろう。いつの頃からか自分の感情というものをあまり見せない子になった。反抗期という問題もある。

ところが最近、ギターを教えてほしい、と言い出した。そして、昨日、「メロディはどうやって作ればいいのか」と夕食の時に真剣に質問された。メロディの作り方や楽器の基礎、音楽編集ソフトの使い方などを教えた。珍しく前傾姿勢になっていた。普段は食べたらすぐ解散の夕飯だが、昨日は2時間くらいの長話となった。その間に何度か笑顔が見えた。今日、「パパ、聞いてもらえるかな」と言って作曲した曲を聞かされた。彼の部屋の彼の椅子に座り、ヘッドフォンをかぶった。「凄いね、いいじゃん。よく出来てる」アシッド系のサウンドでリリカルで映像的な曲であった。自分が14才の時と比べると時代はかなり進歩している。アドバイスをして、もっと聞きたい、というと、また笑顔になった。

マクロン政権が決めた新しい教育法は、次の高校から大学と同じような専門制度へと変わる。総合的な勉強をするのは中学までとなり、高校からは自分で選んだ専門的な科目を自分の将来の目標に沿って選択していかなければならない。そのために14才で第一回目の選択が迫られる。最初なので今後また変更も可能だが、14歳で自分の将来の構想を持たなければならない、というフランスの考え方はすごい。そういえばピエール・エルメ氏も14歳ですでに今の自分の将来を決定していた、と言ってた。僕などは大学出た後も、あるいは今日現在まで特別な人生を生きてしまったせいもあり、いまだ将来の構想がない。ともかく、僕と息子は彼の将来についてこのところ話を持つ機会も増えた。餅屋は餅屋というけれど、息子は小さい頃から小説や映画や音楽の中で育ってきた。彼が選択したい科目もそういうものが多く、彼なりに僕の背中を見て育っていたのかもしれない。そこで真剣にギターを教えることになった。

来月、息子ははじめてスタージュを経験する。日本でもスタージュ制度が高校生くらいからはじまったと聞いたが、フランスでは長くこの制度があり、中学生らは企業や商店など引き受けてくれる会社を自ら探さないとならない。息子の友だちはあちこちの会社に自分で電話をいれて全て断られ、頭を抱えているのだという。そういう子も出てくる。しかし、働く大人の中に混ざって人生を経験できるスタージュ制度は素晴らしいと思う。息子は来月、文化施設のコンサート制作部門にスタージュが決まっている。息子がそこの担当に手紙を書いて内定した。一週間、彼はその会社で働くことになる。その経験の中で彼が何を考え、自分の未来をどうイメージするのか、親としてはとっても楽しみだ。これから息子との会話が増えそうで嬉しい。僕は彼がこのフランスで彼らしく幸せに生きてもらえることだけを願っている。別に彼に大企業のトップになってほしいなどと思ったことはない。素晴らしい人たちに囲まれ、ささやかでも豊かな人生を歩んでもらいたい。
 

滞仏日記「息子の将来」