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「第一印象は嘘をつく」 Posted on 2022/07/07 辻 仁成 作家 パリ

「第一印象は嘘をつく」

これはぼくのとある小説の冒頭である。
人間というのは不思議な生き物でね、出会ったころは嫌なやつだなと思っていても、その人がのちに命の恩人になったり、生涯ともに生きることになったり、この逆もあるわけで、まさに第一印象というものはあてにならないのである。

ところが第一印象でものごとが決まる、決めることもよくある話で、後々、いろいろと綻び始める。
人間というものは見極めるのが難しい。あの笑顔に騙されたみたいなことはよくある。
かくいうぼくも、息子によく窘められます。
「パパはすぐに人を信じる。そして、ころっと裏切られるよね」って。
ま、それも勉強なのだ。
勉強し過ぎなのかもしれないけれど、…。
 



一期一会というが、ご縁を悪い方に思いたくない。
そのせいで、出会いにはなんらか縁があるのだろうと、いいほうに考えがちなのである。
ところが縁というものにはいいものもあればそうじゃないものもある。
当然だ。縁は表裏一体なものである。

人生には、縁もあれば、しがらみもある。
しがらみとは元々、水流を堰き止めるために川の中に杭を打ち並べ、そこに木枝や竹などを結びつけたもののこと。
転じて、引き留めまとわりつくもの。邪魔をするもの、ということになった。
あいつとは変なしがらみがあってね、と言うじゃないか。
ご縁だと思っていたものがしがらみに変化することもよくあることなのだ。
 

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しかし、そのしがらみの縁でさえ、実は、意味はあるのである。
良縁だけの人間なんか、ぼくは知らない。
良縁であるかどうかを悟るために、人生の流れが幾度と堰き止められてきたのも、事実。
ぼくはそういう川を渡った果敢な人生を誇りに思っている、いや、負け惜しみじゃなくて。

「右岸」「左岸」という小説を作家の江國香織さんと20年以上前に、共同執筆した。
ぼくたちはもちろん良縁だろう。たぶんきっと。
「右岸」「左岸」を書き始める前に、一本の川を書こうと二人で話し合って決めた。
ぼくが右岸側を受け持ち、彼女が左岸サイドを受け持った。
その真ん中に一本の川が見えてくるという壮大なしかけだったのだ。
小説「冷静と情熱のあいだ」も、この二つの感情のあいだにあるものをこそ、主人公にしたい、と話し合った。
それは人間という大河であろう。
書き終わると、確かに二人の間に一本の大河が流れていた。
これがご縁の川というものである。
 



江国さんとは間違いなく、一生に一度の出会いということが出来る。まさに、一期一会の出会いである。
きっとぼくの葬式か、彼女の葬式で残った方が、静かに微笑みを携えていることであろう。

残りの人生でもう一度くらい何か一緒に書いてみたいなぁ。
あと、20年後くらいに・・・。

できれば良縁の話を。
 

「第一印象は嘘をつく」

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