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ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」 Posted on 2016/11/11 辻 仁成 作家 パリ

「自慢じゃないが」という文句は「回りくどい自慢」のことだ。なのでストレートに言おう。
私はたぶん、世界中の名だたるホテルに宿泊した経験を持っている。

つまり趣味が高じて、この連載はスタートすることになった。

今回、ご紹介するのはロンドンで話題のホテル「カフェ・ロイヤル」。
わざわざ英国までやって来て、仏語のホテルに泊まることもないだろうに・・・。
 

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

しかし、このホテル。いかにもイギリスの現代ホテルという冠がまさにぴったりのホテルであった。

働いている者たちの身のこなし、接客、振る舞いが英国紳士淑女風でそこが心地よかった。出入りする人間の顔をちゃんとドアマンが覚えているところなど。
内部のデザインや調度は重厚で、とくに観音開きのエレベーターに微笑みがこぼれた。

息子が「ハリーポッターみたいだね」と言った。

「ちょっとここでパパかっこつけてもいいかな?」早速、息子カメラマンの登場となった。
 

自分流×帝京大学

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

エントランスからエレベータホールまでの英国風佇まいを抜け、客室へ向かうと、
不意に柔らかい光りが私と息子を出迎えた。

障子からヒントを得た採光の工夫はイギリスにいながら京都にいるようなアジア風の趣き、逆を言えばまたこれか、という現代的な空間演出で、歴史と新しいが上手に融合されている印象。

部屋はパークハイアット風モダンスタイルで驚きはなかった。
けれども、ホテル全体が醸し出す、落ち着き、優雅さ、はピカデリーサーカスの喧騒から隔離された特別な安らぎを与えてくれる。ベッドの硬さが好きだった。リネンの柔らかい香りも好きだった。

ここもまたよく眠れるホテルであった。

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

「パパ、ぼくね、とってもいい夢を見たんだ。それがね、新しい家族と一緒なんだよ」と最初の朝、息子が言った。

この子の夢はいつも私を驚かせる。
どのような返事をすればいいのかわからず寝たふりをしていると、

「様々な事情を抱えた小さな男の子がね、うちの養子になるんだけど、ぼくたちは強い絆で結ばれるんだ。ぼくはある日、とつぜんお兄ちゃんになるんだよ」と付け足した。

「いい夢だったな。みんなと仲良くしなさい、というメッセージだよ」と私は小さく付け足し、この話をはぐらかすことになる。

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

レストランは朝食も含め特筆すべき点はないが、宿泊客だけが利用できるアフタヌーンティ専用のカフェがホテルの奥まった場所にこっそりあった。

歯ブラシを取りにコンシェルジュまで行ったがレセプションが狭くて待たされた。
待たされても英国風の笑顔と対応が嬉しかった。私が言う英国風というのはフランスとの比較であろう。

彼らの機敏な動きや言葉遣いはどこか日本的サービスを思わせる。

でも、何かが違う。そうだ、笑顔が消えるのが早い。逃げ水のような笑みだな、と思った。
私にとってそれが英国風なのである。

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

友人たちとバーで飲んだ。

予約をしないと入れないほど人気のバーで、ほぼ100%ホテルの宿泊客の利用である。
みんな物静かに語り合っている。外で飲んだ後、ここで寛ぐのが心地よい。

若い給仕がシャンパングラスを12歳の息子の前にも置いて注ぎだした。

「これは英国スタイルなのかね?」と訊くと、彼女は驚き、
「あまりに知的で大人びたお子様でしたから成人と勘違いしてしまいました。すいません」と瞬時に英国風ユーモアで返してきた。息子が携帯から顔を離し、
「大人はみんな携帯でゲームをやるからね」と彼も負けずにフランス風ユーモアで返したのである。

ともかく、楽しい夜であった。

ホテルストーリーズ 「カフェ・ロイヤル LONDON」

Photography by Hitonari Tsuji (except the 2nd photo by Tsuji Jr.)

自分流×帝京大学