連載小説

連載小説「泡」第五部「それが存在するところ」第2回  Posted on 2025/12/18 辻 仁成 作家 パリ

連載小説「泡」   

第五部「それが存在するところ」第2回    

   「小さな命」と俺はリンゴのことを呼んだ。手も驚くほどに小っちゃいが、5本の指は一つ一つが生きているように動き、さらにその一つ一つの小さな指の間には関節までしっかりとあり、その指が開いたり閉じたり、一生懸命動くものだから、俺は不思議な感動を覚えてしまう。俺は自分の両手でリンゴの手を握り、指先で、彼の小さなてのひらを開いては覗き込んだ。自分の遺伝子の半分がこの子を構成してる、と思えば、目は瞬きすら忘れていつまでもそこをじっと見つめてしまう。そして、その、もう半分はアカリの遺伝子なのだ。二つの遺伝子が混ざって、この愛の結晶が出来ているのだと気づき、俺は思わずため息があふれ出てしまった。くすぐったいのか、リンゴは笑った。俺はその小さな指先をつまんでみる。そこには指紋のようなものまで刻まれつつあった。この「小さな命」のてのひらはまるで出来立ての葉っぱのように美しく、精一杯、開いていた。俺は携帯を取り出し、録画のボタンを押す。 
   「アカリ、この小さなてのひらを見てみろ。ほら、ここに指紋があるだろ。この子にも運勢があるのなら、この子はどんな一生を歩くんだろうね。ほらここ、これ、この指を見てみろ。こんなにかわいい指先があるだなんて、お前、信じられるか? これがこの子が生きている証だ。この子は今日も一生懸命生きている。このてのひらには宇宙があるよな。この子のこの小さなてのひらが少しずつ大きくなっていく、と思うだけで、胸がいっぱいになっちゃう。当たり前のことだけどさ、俺とお前の子じゃん。今日は、これから散歩に出かけて、沈む夕陽をリンゴとまた一緒に見るつもりだ。いつか、三人で見たい。じゃあ、また、明日な」

連載小説「泡」第五部「それが存在するところ」第2回 

© hitonari tsuji



   「小さな命」は毎日、少しずつ、少しずつではあるけれど、成長しているのが伝わって来る。というのも、少し前だったら頭から転んで椅子とかテーブルにぶつけていたというのに、昨日とか今日は、上手に倒れることが出来るようになって、しかも、手をついて自分で起き上がれるまでになった。ちょっとハラハラすることもあるが、すぐに助けないことにして、そっと見守っている。自分で起き上がる方法なんかも、赤ん坊なりに見つけているような気がした。これを成長と呼ぶのか、と俺は思ったが、俺のようなバカな親がそんな神様みたいなことを考えていること自体がおかしくって、思わずふきだしてしまった。すると、笑っている父親を振り返り、リンゴも一緒に笑ったりするものだから、今度は、不意に、母親がここにいないこの子のことが不憫に思えてしまい、涙が出そうになるのを堪えないとならかった。頭が重いので、前に向かって、突進してくるようにこっちに向かって来るリンゴを両手で抱き留める時、俺はいつもなんでかな、アカリのことを思い出す。
   「アカリ、こうやって、倒れても、ほら、見てみろ。自分の力で起き上がる方法をこいつは習得しはじめてる。まだ、へたくそだけれど、でも、頭を床に押し付けながら、そら、頭が重いじゃんね、だから、その重い頭、っていうか、おでこで床を押して、小さな手を使って立ち上がるって、こいつ天才じゃね? なんかさ、人間っていろいろとあるけれど、七転び八起って言うじゃん、何度でも立ち上がる小さな命の前向きなこの姿、見ていると、なんかこっちも頑張らなきゃって思うようにならねーか。ほら、見てみろ。こうやって、起き上がるだろ、そしたら、こっちに向かって、突進してくる。リンゴ! パパはこっちだ。来い! こっち、こっちだって」

連載小説「泡」第五部「それが存在するところ」第2回 

© hitonari tsuji



   「小さな命」は今日も何かを探している。もちろん、それが自分の母親であることは分かっている。リンゴは俺たちの部屋のベッドの上を見つめている。いつも、アカリがごろごろしていた辺りを見て、そこにアカリがいないことがわかると、くるっと方向を変えて、今度は俺の方にむかってくる。そして、座っている俺の身体にしがみついて、何か、言いたげなそぶりをしてみせる。でも、それが何か分からない。まだ、赤ん坊だからだ。好奇心が考えることを上回っているような状態で、その目先を追いかけるようにリンゴはまた無軌道に動き出す。でも、暫くすると、また、不在のベッドに気が付いて、そこを振り返る。そして、そこにまたしてもアカリがいないことを発見する。リンゴ、と俺が呼ぶと、リンゴは慌てて振り返り、重たい頭を傾斜させながら、俺に向かって突進してくる。俺はいつものようにリンゴを受けとめ、そのまま、高い高い、をしてやる。宙に浮かんだ次の瞬間、俺は落下してくるリンゴを強く抱き留める。俺の腕に抱き留められた瞬間、リンゴは、キャッキャ、大騒ぎをしている。
   「こうやって、毎日、お前が寝ていたところにやってきてさ、この子はお前がいないことを確認してる。赤ん坊だから、なんでお前がいなくなったのか、その理由もわからない。でも、感じてる。そこにいたよね、って言いたげなんだ・・・。毎日、俺が仕事から戻ってくると、俺をこの部屋に引っ張って来て、何も言わないんだけれどさ、ここにいない君のことをまるで問いただすように、訴えてくる。じっとベッドの上を見て、それから、俺に顔を押し付けてくる。だから、高い高い、してやるんだ。そしたら、笑顔になるじゃん。この子は、お前を待っている。俺もお前を待っている。ずっと、待っているよ」

連載小説「泡」第五部「それが存在するところ」第2回 

© hitonari tsuji



   「小さな命」はベビーチェアにおさまって赤ん坊らしく食事をする。「小さな命」のうんちは臭い。俺はおむつを替えるのが苦手で、それはどうしても母、マチ子に頼んでしまう。でも、マチ子だって、家のことがあるので、俺がやらないとならないこともある。そしたら、今日のことだけれど、父、あきらがやって来て、俺もお前のおむつを替えてたんだぞ、と言い出し、何を思ったか、そんなぎこちないやり方があるか、と怒りだして、俺からおむつを奪いとると、べろべろばーとかしながら、リンゴの尻をお尻拭きでさっと拭って、手慣れた感じで新しいおむつに交換してみせたので、俺は感極まって叫び声を張り上げそうになった。無口な人だから、それ以上のことは言わなかったが、べろべろばーは衝撃的だった。新しいおむつを付けて歩き出したリンゴを見ながら、それが幼い時の自分と重なり、なんだか、胸がふわふわするような、不思議な気持ちになった。くすぐったいっていうのか、俺もこんな時期があったのか、と思った。けれども次の瞬間、アカリのおむつは誰が替えていたのだろう、と気づいてしまった。高沢育代だったのかもしれない。高沢じゃなくても、施設の誰かで、親ではなかったはずだ。アカリは新生児だったリンゴのおむつを替えながら、何を思い出していたのだろう。何を思っていたのかな・・・。
   「あのさ、もうすぐ、いや、まだ3,4か月先だけれど、その、リンゴの誕生日になるんだよな。あの、その、もしよければ、それまでに、戻って来てくれないかなぁ。一緒にリンゴの2歳の誕生日を祝ってやりたいからさ。夕陽、綺麗だろ。こうやって、この子は、晴れた日は毎日、ここから沈む夕陽を見ている。じっと動かないで、ほら、こんな風に、ただ、あの赤い空をじっと見ている。この背中、どう思う?  どう思うかな? 二本の足で、しっかりと立って、あの沈む夕陽を見つめているこの勇姿。なぁ、アカリ、そろそろ、戻って来いよ」

次号につづく。

  
※本作品の無断使用・転載は法律で固く禁じられています。

連載小説「泡」第五部「それが存在するところ」第2回 

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展覧会情報

2026年の1月、パリの日動画廊で開催されるグループ展に参加します。
1月15日から3月7日まで。結局、11作品の展示となりました。フランス人巨匠も参加するグループ展だそうです。
GALERIE NICHIDO paris
61, Faubourg Saint-Honoré
75008 Paris
Open hours: Tuesday to Saturday
from 10:30 to 13:00 – 14:00 to 19:00
Tél. : 01 42 66 62 86

それから、8月前半に一週間程度、東京で個展を開催いたいます。
今回のタイトルは「鏡花水月」です。(予定)
タイトルは突然かわることがございますので、ご注意ください。

そして、11月初旬から3週間程度、リヨン市で個展を開催予定しています。詳細はどちらも、決まり次第、お知らせいたしますね。

辻仁成 Art Gallery
自分流×帝京大学



posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。