PANORAMA STORIES

パリ・北マレ、内なるアートへの挑戦 Posted on 2019/07/11 田村 愛 アートディレクター パリ

フランスだとアートの表現は10のカテゴリー*があるとされているのだけど、言ってみれば、いずれも表層的でしかないと思う。表現したい人の持つ内なるエネルギーとか、心の叫びが、筆を持たせ、色をまとい、ペンを走らせ、シャッターを切らせて作品ができる。つまりアートとして最終的に私たちの目に触れるものは表の世界。本当に薄いフラジャイルな膜のようなものかな。その裏には内から湧き出る誠実な世界、すなわち深い「心」の躍動があると感じている。

「内なるもの」、そこに着目していたいなあというのが、30年近くパリに住んで、20年もビジュアルやモノづくりの仕事している中で、私が感じてきたことだった。「内なるもの」ってつまりはその人でしょう。その人の生き様とか、哲学みたいなものなのね。それははっきり言っちゃうと、”たましい”だから年齢とか関係ない。もちろんどのくらい鍛錬されてきているかはあるんだけれども。

大型の広告ビジュアルなんかをやっていると体験するのだけど、内なる何かは、あまり問われなくて、その時代の空気感とか、ウケるウケないで右往左往するのね。そこにジャストフィットさせる面白さはあるのだけど、一人の人間の個は残念だけど大切にしなくて良い世界…だった。個ではないマーケットイメージに全員が集中する、だからダイナミックでもあった、と私は思っている。
 

パリ・北マレ、内なるアートへの挑戦

そんなクリエイティブディクレクションの仕事をしながら、2年前に出会った北マレ地区にある大きなギャラリー運営のお話しが転がり込んだとき、そういうわけで、「よしやろう !」って思った。幸いに資金援助してくれる人もいたし、マレギャラリー地区の一等地で、ご近所にはストリートファッション花形『Etude』やらパリでも最もかっこいいお花屋さん『Castor』などがニコニコ顔で迎えてくれたのも嬉しかった。17世紀の館がちっぽけな私の手中に落ちてきたわけ。私に白羽の矢を当てた大家さんもどうかしていたかもしれない。17世紀って当時ルイ14世がヴェルサイユ宮殿に首都を構えた頃。その頃マレ一帯はVoges館があったりで貴族が集まる場所だった。その名残が今でも色濃く残っているそんな地区なの。この私がこの場所でどこまで勝負できるのか、って人生かけた。

この場所に330sasaré (さざれ) という名前をつけた。3はあなたと私と宙という意味。Holism 全てがここにある。表現者たちの心がまずここに集まる。0ゼロの状態から生み出していく。どんなジャンルだって良い、お向かいの『Ropac』や道向こうの『Perrotin』のようなことは私にはできないんだし、それらは私の世界とは違う。もっとハイブリッドしたもの、誰にもできないものを私らしくエディットしていけば良いって。
 

パリ・北マレ、内なるアートへの挑戦

そんな準備をする中で一年が過ぎると資金援助のパートナーが、思いもよらずビジネスを挫折し、音信不通状態に陥ってしまった。2018年夏、私一人にこの場所がボーンて、本気で手渡された瞬間だった。なんてことよ。ここを運営し、ディレクションするという課題が残された。400年も生き続けてきた館が私を試しているような気がした。

「お前さんにできるのかい?」

同時に何かに背中を押されている気もしていた。周りの反対も聴きながらも、「内なるもの」というアートをやってみようという決意に変わりはなかった。

銀行を説得し、賛同者を募り全資力を投入して工事を開始し、2018年の11月満月の日、晴れてのオープニングはストリートアート。20代の若いフランス人アーティスト5人によるグループ展 「Nouvelle ère, changement d’air」で盛大に幕開けをした。外ではGillets Jaunes(イエローベスト) の社会運動が時を同じくして街を騒がしくし始めていた__。
 

パリ・北マレ、内なるアートへの挑戦

(*)アート表現10のカテゴリー
1er : architecture
2e : sculpture
3e : arts visuels
4e : musique
5e : littérature
6e : arts de la scène
7e : cinéma
8e : les arts médiatiques 
9e : la bande dessinée
10e: le jeu vidéo

330sasaré
14 rue Debelleyme 75003 Paris France

 
 

Posted by 田村 愛

田村 愛

▷記事一覧

tamura ai
アートディレクター
大学時代に惚れこんだパリに単身移住し、この街の都市計画について論文を発表。以降、パリで写真を4年間学んだ後、広告代理店でアートディレクターとして活動開始。グラフィック デザインから映像制作へとシフトしていく。2005年に独立し、独自の創作活動の場、MIRRORを設立。ドキュメンタリー制作、監督からプロダクション、広告撮影、イベント企画、また商品開発など守備範囲は広い。現在では新進アートギャラリー運営も開始。内外のアーティストの心の声に耳を傾け、アートとメディア、エッジのない世界とは何かを見つめている。一風変わった人生を歩んでいる。