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英国デザイン事情 1 Posted on 2016/10/21 新立 明夫 プロダクトデザイナー ロンドン

私はロンドン在住21年になり、一貫してインダストリアルデザインという仕事を世界のいろいろな地域のいろいろなクライアントのためにやってきました。

インダストリアルデザイナーとは、普段私達が日常で使っているプロダクト、例えば、携帯電話、腕時計、コンピューター、カメラや音響機器、そして車やバイク、はたまた飛行機や電車といった、要は人間が生活している上で必要として使っている製品を企画、デザイン、設計、提案する職業のことです。

英国デザイン事情 1

私は今までいろいろな国の企業―クライアントと仕事をしてきました。その経験から、英国と日本のデザイン現場においての決定的な違いというものがいくつかあります。

まず、日本は技術力主導型のデザインアプローチであるのに対して英国や欧州はライフスタイル主導型のアプローチです。これは世界に名高い日本の高度な技術力に裏付けられた結果と言えるわけですが、日本では多くの企業がエンジニア、つまり設計者主体で動くために人間の本質であるライフスタイルを重要視せず、スペックや価格等で勝負しようとする傾向が強く、本来のユーザーに対する魅力的なアピールにかける傾向があるように思います。

日本の場合、もちろん全てのデザイン現場がそうではありませんが、かなりの確率で低コスト化を行い、それで補える最大限の技術力でもの凄い数を売ろうとする。この方式だとデザイナーは他の市場やデザイン性を見る余裕すらありません。競合他社が出した製品に近いものを出して競争するということが結果として起こってしまうのです。

英国デザイン事情 1

さらに、知恵の価値―知価―に対しての考え方の違いが両国にはあります。私達クリエイターは常に新しいものを生み出さなければなりません。それは、ある意味において、情報をきっちり取り入れていくことの重要さに帰属します。日本ではこの情報というものに対して、今でも企業の多くの方々がインターネットや雑誌、書籍等のメディアで収集したものを情報だと思われている傾向があります。

情報とは自分の足で探し、見て、感じて自分としての考えをまとめることにあり、机上のものではありません。インターネット等のメディアを通して得られたものは、既に第三者のフィルターを通ったものであり、本当の意味での情報ではないのです。英国や欧州を中心に活動しているデザイナーの多くは既に誰かのフィルターを通ったものにはあまり興味がありません。これはデザイナー同士でも、企業の間でも知恵の価値の大切さを十分に理解しているからではないでしょうか。

英国デザイン事情 1

最後に、デザインとは形や色味だけの世界ではないということです。工業デザイナーであるのにもかかわらず、スケッチだけで仕事が終わる人たちも多くいます。確かにかっこいい魅力的なもの創りをするための作業の一環であるスケッチは重要でしょう。

ただ、素材や、音、におい、感覚的なもの、つまり肌触りや、懐古的でノスタルジックな感覚等を表現するために何をするべきか、そこまで考えているデザイナー達が残念ながら日本にはちょっと少ないように見受けられるのも事実。人間的な魅力あるデザインをアピールするためにも、また商業的な成功を収めるためにせよ‘魅力の継続’と言う難題を常に念頭に置いて様々な観点からアプローチをかけていかなければいいものは生まれません。

英国デザイン事情 1

今、英国ではファッション、インダストリアル、グラフィックと言ったデザイン関係のみならず、レストランやガストロパブ等の飲食業に至るまで、デザイン全般が元気です。自然で、気取らず、肩の張らない素敵なものばかりです。何より英国ではこの良質なデザインが生活の一部として成り立っています。オリジナリティを重視した“魅力の継続”の結果であろうと私は考えています。

Posted by 新立 明夫

新立 明夫

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Akio Shindate
プロダクトデザイナー。ロンドン在住。米国の大学卒業後、日本企業のデザイナーを経てロンドンのデザイン会社にて数々の国際的なプロジェクトに参加。2000年に独立し、ロンドンにてVOコーポレーションを設立。オートモーティブ関連や電子機器関連などのデザインで、主に日米欧のクライアントとのプロジェクトにて活動中。