PANORAMA STORIES
『泡』刊行に寄せて Posted on 2026/09/05 市原 武法 元・週刊少年サンデー編集長、漫画原作者
「Design Stories」に僕がこうして文章を寄稿していることが今でも不思議でならない。つい一年ほど前まで僕は辻仁成という稀有なアーチストと縁もゆかりもなかったのだから。つくづく人生は「刹那の縁」の集合体だと思う。僕は自分が生きていくのにこの「せつなのえにし」をとても大切にしている。人生は大きなことから小さなことまで膨大な決断の繰り返しで紡がれていくのだから、人との出会いや別れのきっかけもまた一瞬の、刹那のものなのではないかと。その意味では僕が『泡』という作品に出会ったのも、辻仁成というアーティストと知り合ったのも、きっかけは刹那の「えにし」だったように思う。
始まりはまさにこの「Design Stories」で見かけた一枚の油絵だった。
今から2年ほど前、フランス・ノルマンディー地方に憧れを持っていた僕はネット上で一つのブログに出会った。初めは書き手が辻仁成であることにも気付いていなかった。可愛いワンコと美しいノルマンディーの風景、そして抜群に美味しそうな手料理。ちょこちょこブログをのぞくようになったある日、僕の目はブログの主が描きかけている一枚のカンバスに釘付けとなった。
「なんだこの絵は?」
全身に電撃が走った。長く漫画の世界にいるので原画展や個展で絵画やイラストを鑑賞するのは大好きだ。しかし油絵を見てここまで衝撃を受けたのは初めての経験だった。居ても立ってもいられなくなった僕は辻仁成の油絵を求めて帝京大学八王子キャンパスへ。さらに2025年夏に開催された三越日本橋の個展へと向かった。そしてひょんなことからご本人に長い手紙を出す機会があり、辻さんと知り合うことになる。
その後、いくつかの酒席を辻さんと重ねた後のこと。ある晩、僕は銀座にいた。親しい漫画家たちと食事をする約束があったから。銀座七丁目の路地裏を歩く僕のスマートフォンにメッセージが届いた。辻さんからだった。「小説を連載することにしたよ。」メッセージと共に貼られていたリンク先こそが、小説『泡』の第一話だった。
「読みたい」
再び僕の脳裏に電撃が走り、物語好きの血が騒いだ。何百本という漫画制作に関わってきたけれど、小説が0から生まれる現場に立ち会ったことはない。気がつくと僕は銀座の路地裏の隅に座り込み、貪るように第一話を読んだ。そして感じたままの心持ちを辻さんにメッセージで送った。気がつけば食事の待ち合わせ時間をだいぶ過ぎており、慌てて店まで走ったことをよく覚えている。
その夜から、僕は〈しゅう〉と〈アカリ〉に夢中だった。
そこには生命エネルギーが横溢する二人の若者の青春が見事に描き出されていた。
物語の行間から迸るパッション。まっすぐな愛を貫き通すための痛切な感情と共に大都会の深夜を疾走してゆく二人。さらにはその周囲を彩る個性的な「オトナ」たち。個人的に〈ミルコ〉が断然お気に入りなのだが、なぜか今も脳裏にハッキリと刻まれているセリフは〈地下道の仙人〉が青春の真っ只中にいる〈しゅう〉に語ったものだ。
「いいか、過去は捨てろ。それは後悔だ。未来や夢なんか持つな。それはただの期待に過ぎない。逆に、今を切に生きろ。分かるか、お前に永遠があるとするなら、それは今にこそある」
ああ、この老人は「人生の達人」だ、と強く感じた。このセリフを僕は一生忘れないと思う。と同時に悔しくもあった。なぜ自分の青春時代にこれを聞けなかったのかと(笑)。
〈地下道の仙人〉はとても魅力的な人物で、なぜか僕には100歳になった辻仁成の姿で変換されてしまう。辻さんは100歳になっても何も様子が変わらない気もするけれど。
僕は毎晩のように更新される『泡』を夢中で読み、欠かさず辻さんにメッセージを送った。僕にとっては〈しゅう〉と〈アカリ〉へのラブレターのような心持ちだったのかもしれない。
この二人の、まだ若く、未熟で、不器用な、愛の行方がずっと気になって仕方がなかったからだ。
辻仁成は言う。
「歌は愛。絵は魂。そして文学は人生だ」と。
『泡』には〈しゅう〉と〈アカリ〉二つの人生が、真っすぐな一つの愛が、確かにあった。
それはひたむきでがむしゃらな、まごうことなき永遠の「今」だ。

Posted by 市原 武法
市原 武法
▷記事一覧少年漫画の編集者を12年、編集長を12年務めた後に出版社を退職。現在は漫画原作者。飼い猫が4匹。



