PANORAMA STORIES

クリスマス特集「クリスマスツリー物語」 Posted on 2019/12/09 辻 仁成 作家 パリ

辻家は水漏れがあり、しかも、5日から始まった鉄道バスの無期限ストはいまだ続いていてパリの街はどこもかしこも大渋滞、とてもクリスマスを祝うような状態ではないのですが、そのような状況下にあってもパリの人々は少しずつクリスマスへと向かっています。11月末からシャンゼリゼ大通りにも美しい(今年は赤い)イルミネーションが点灯しはじめ、市内各商店街のライトアップがはじまり、ボンマルシェやラファイエットなどのデパートや街中のショップのショーウィンドウも華やかにデコレーションされました。そして、花屋の軒先には生きた”サパン(もみの木)”がずらっと並んでいます。1m前後の小さいものから3m以上のサパンまで各種揃っています。そのままの状態では到底持ち帰れないので、店員さんがソーセージを作る機械のようなものにサパンを通し、網をかけてくれます。網のかかったサパンを運ぶ光景は12月ならではのもの。はじめてパリで暮らしだした時、「こんな風にクリスマスツリーは売られているんだ」と驚いたものです。まさか、本物のもみの木だとは思ってもいなかったので…。

クリスマス特集「クリスマスツリー物語」

この時期、フランスの子供たちの楽しみといえば、サパンの飾りつけ。造花ではなく、本物のもみの木を飾るのが一般的なフランスでは、12月に入るとサパンを求める人々で花屋は大賑わいとなります。昨日、水漏れの原因である上階のジェロームさんが抱えていたのは身長100センチくらいの小降りのサパンでした。中には2メートルや3メートルを超えるもみの木もあるんです。ジェロームがそうであるように、買いに行くのはお父さんの仕事。厚めの手袋をし、買い物用カートなどを引いて、いざ! この時期の花屋や市場にはサパンコーナーがあります。お父さんたちが手袋をはめて物色している姿に出会います。もっとも、そろそろ売れ残りの時期かもしれません。あと二週間後ですから・・・。



クリスマス特集「クリスマスツリー物語」

お父さんがサパンを家に持ち帰ったら家族みんなで飾りつけをします。毎年、気に入ったオーナメントを少し買い足すのも12月の小さな楽しみ。ちなみに我が家のオーナメントは84歳の母さんが毎年手作りで作ってくれる刺繍のオーナメントです。一昨年インスタであげて、好評でした。家族が協力して作り上げたサパンはクリスマスを越え、1月6日、エピファニー(公現祭)の頃まで飾られます。(1月半ばになると、枯れたサパンが通りに投げ捨てられているのも毎年恒例の光景……)我が家も例年、母さんのオーナメントを箱の中にしまいます。今年は水漏れでツリーなしなので、各部屋のドアノブに母さんのオーナメントをぶら下げておくことにします。魔除けみたいなもんですかね。あの人は霊力があるので(笑)。

クリスマス特集「クリスマスツリー物語」

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そして、子供たちのもう一つの楽しみが、チョコレートやお菓子の箱型日めくりカレンダー「アドヴェント・カレンダー」です。12月1日からキリストの生誕日である25日までの日付が散りばめられてあり、日付の付いたところを剥がして開けるとお楽しみが隠されているという仕組み。昔はクリスマスの様子が描かれたカレンダーに隠し絵があるだけのものでしたが、最近はチョコレートやおもちゃが隠されているのが一般的です。ここ数年は、紅茶やチョコレート専門店、コスメショップ、高級ブランドなども大人向けのアドヴェント・カレンダーを販売しはじめました。ちょっとお正月の福袋に似ていますね。子供たちはスーパーで買えるお菓子やおもちゃの入ったアドヴェント・カレンダーで大満足。どんないたずらっ子や食いしん坊も、クリスマスまでカウントダウンをしながら、1日1日、しっかり日付を守ってカレンダーを開けていきます。うちの息子も小学校いっぱいまではこれを買い与えていましたが、中学くらいになると見向きもしなくなります。逆に、クリスマスプレゼントのリストをこっそりぼくの枕の下に置いたりするようになるのです。このカレンダー箱とのお別れが子供から大人になる一つのきっかけなのかもしれませんね。

クリスマス特集「クリスマスツリー物語」

カトリックの国、フランスにとってクリスマスは1年で一番大切なイベント。12月のフランス人はそのクリスマスに向けて大忙しです。子供たちは真剣にプレゼントリストを作成し、大人たちはそれを買い求めて走り回る。同時に、クリスマス当日のディナーやブッシュ・ド・ノエル(クリスマスケーキ)にも頭を悩ませています。ちなみに、2019年の一家庭クリスマス平均予算は549ユーロ(約66000円)。2018年より少し下がったようですが、それでもかなりの予算をかけていることがわかります。フランス人は、夏のバカンスとクリスマスのために1年を過ごしていると言っても過言ではありません。ぼくはこれからうちに懐いた知り合いのお子さんニコラとマノンのためにクリスマスプレゼントを買いに出かけます。え? うちの息子? あいつはクリスマスと正月と自分の一月の誕生日を合算して「エレキギターを買ってほしい」というリクエストを貰っています。今、財布と相談中です。

12月に入り、年金改革問題でのストやデモが続いていますが、それでもフランスは平和なのだと感じます。世界中の人々が穏やかにクリスマスを迎えられることを祈りつつ、皆さまも良いクリスマスをお迎えください!

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Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。