PANORAMA STORIES
パリの個展に寄せて「美しいが実態のない虚しいものたち」 Posted on 2025/09/03 辻 仁成 作家 パリ
ぼくはキャンバスにまず、木炭で、頭に浮かんだ日本語の数文字を殴り書きし、それをインスピレーションの根っこにして、いきなり、油絵具をキャンバスに叩きつける。
いわゆる下書きというものを必要としたことがない。
言葉が頭の中に像を結んでいくので、あとは手が自動的にそれを二次元の絵画に仕上げていく。
物語や詩が浮かぶこともあり、そこから、油彩画に広がっていくという不思議な絵画法なのだ。
(ちなみに、油彩画しか描かない)
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キャンバスに書かれた日々のことばが、いわゆる、デッサンのような役割を担う。(書いたことばは油絵具で塗り固められていくうちに、ぼくの脳裏から消えていく、忘れさられていく)
あとはほとんど考えることをしない。
言葉がぼくを刺激し、インスピレーションのおもむくままに、絵が出来ていく。
今、描いているのは、50号の大きなキャンバスを8枚並べた作品だ。
屏風に書かれた絵を屏風絵というが、まさに、それ。
8面を使って、自然の世界をそこに描写している。
たとえば「鏡花水月」という古い日本語があって、それをキャンバスに書いてから、絵を描きだした。
具体的には「鏡花」とは「鏡に映った花」を意味し、「水月」は「水面に映った月」だ。
二つの言葉が合わさると、「鏡花水月」となり、「美しいが実態のない虚しいもの」という感じの意味になる。
去年のパリでの個展は「Les Invisible(見えないものたち)」であった。ちょっと似たような世界観かもしれない。
具体的な形では捉えられないものだが、感覚的に感知することが出来る、そういう世界がぼくは好きで、それをのみ、今はノルマンディのアトリエで追及している。
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10月13日から、マレ地区にある画廊「20 Thorigney」にて二週間、個展を開催することになっている。
小説家として紡いできたこれまでの物語、小説とは全くことなる手法で、描かれた23枚の作品がずらりと並ぶ。
言葉では表しきれない目に見えない何かをぼくは追い求めているのである。
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ちなみに、こちらのチラシに描かれている世界は、まさに、「鏡花水月」の世界のいったんだ。
油絵で日本的な世界を描いたらどうなるか、と思って手掛けているのだけれど、たいへんに楽しい。
淡い色合いも、個人的に気に入っている。
さて、秋のパリの空の下にガス灯のように静かに揺れるぼくの世界、楽しんでもらえたら、幸いである。
個展会場は、ピカソ美術館の並びにあります。
マレ地区のアート街のど真ん中で、周辺にはおしゃれな画廊が犇めいています。
住所は、下のフライヤーの中に入っています。
14時から、18時くらいまで、開店しています。18時を過ぎると、閉店します。10月19日の日曜日は休業です。
Posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。