PANORAMA STORIES

パリで茶懐石をたのしむ Posted on 2025/10/20 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
今日はパリでは非常に珍しい茶懐石のレストラン「AKIYOSHI」に行ってまいりました。

ぼくが京都で教鞭をとっていた時代、そこの大学の理事長に連れられて京都懐石の老舗「瓢亭」に何度か足を運んだことがありました。
そこで10年も修行をされた料理長、秋吉雄一朗氏が、数年前にパリに満を持して、だされたのがこちらの茶懐石「AKIYOSHI」となります。
そこのHPによりますと、茶懐石とは「茶懐石とは日本の美意識の粋を極めた伝統的な食文化で、一服のお茶をいかにおいしくいただけるかを考えた料理」ということになるようです。
詳しいことは分かりませんが、料理が全て出たあと、店主が全員のために素晴らしいお茶をいれてくださいました。そして、それは鐘の厳かな響きと共に、場を鎮めることから始まり、非常に厳粛な作法にのっとり、店主自らお茶をたて、それをフランス人の客人がいただくという流れで終える懐石の席なのですが、さすがに、その場面だけ写真を撮ることが出来ませんでした。
しかし、日本人としては、まるでそこがフランスだということを忘れるほどの、日本そのものであり、思わず、目元が湿ってしまったのです。

一服のお茶も素晴らしかったですが、何よりもその料理のすばらしさ、さらには、日本とフランスの食材を見事に調和させて出される料理人の宇宙観には、脱帽させられました。
まさか、パリで、このような一流の料理に出会えるとは思っていなかったこともあり、素晴らしいひと時となったことを、ご報告させて頂きます。

パリで茶懐石をたのしむ

茶懐石で最初に出される折敷(おしき)、これは茶懐石料理のお膳の名称です。
「飯」を左にして右側に「汁」を置くのが和食の基本ではありますが、折敷の奥には、刺身などの「向付(むこうづけ)」が配置されております。

フランスで、お皿を持って食べる人はおりません。
日本ではお椀を持って手元に持って来てこれを食するのですが、なぜか、といいますと、お椀を持たなければ、想像してみてください、顔を料理に近づけないとならず、非常に不格好となります。
背筋を伸ばしてきちんと食べられるように、日本人はお椀を持って手元に引き寄せ、食べることが正しくなりました。(最後のたてられたお茶を受け取ったら、お椀に何度も戻さず、一気に飲むのが良いとされていますね)

また、箸は写真のように、最初は右側から折敷を突き出す形で据えられますが、口をひとたびつけると、付けた方を反対側の折敷から少し出すのが良いとされています。
しかし、「AKIYOSHI」では、そういう細かい礼儀よりも、日本を楽しんでもらうことが嬉しい、と女将がおっしゃっていたのが印象的でした。

パリで茶懐石をたのしむ

こういうことはルールですが、フランスですし、みなさん、様々な形で食べておられ、それも見ていて楽しかったです。
※ 折敷、手前左手にある白ごはんですが、口に入れた瞬間、米がこんなに美味しいものなのか、と思い知らされた出来栄えでした。お汁も何も足さずシンプルなものでしたが、味わいに深みがあり、茶懐石のはじまりに申し分のない予兆を響かせたので、僭越ながら書き留めておきます。

パリで茶懐石をたのしむ

ぼくは忘れておりましたが、店主の秋吉 雄一朗氏は10年前、OECD大使公邸での昼食会の料理を担当されていたのだそうで、その食事会の後に、ぼくは秋吉氏に向かって、「今までフランスで食べた和食の中で一番心に残りました」とお話をしたことが、彼がここにお店を出す一つのきっかけになったのだとか・・・、驚きですが、ぼくは確かに、覚えていました。美味しい料理と出会ったら、いちいちシェフに言うことにしているからです。このことは、ご本人にカウンターを挟んで教えて頂きました。

それで思い出したのですが、一つ一つの仕事を丁寧にされるあの日の料理を思い出すことが出来たという次第です。
時は立ちましたが、味にはますますの深みと広がりが宿っておられ、この味で、いつかミシュランの三ツ星を獲得する日が来ることを予感いたしました。
コロナ禍があり、出店に時間がかかったようですが、5,6年前にようやく「AKIYOSHI」のフランスでの開店にこぎつけ、それ以降、破竹の勢いでフランス人の舌と心を魅了し続けているのです。
その日も満席で、ぼく以外は、すべてフランス人のお客様で、みなさん、この厳かな時間を品よく楽しんでおられました。

パリで茶懐石をたのしむ

パリで茶懐石をたのしむ

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一つ一つの料理の質の高さはもちろんなのですが、どの料理もきっと力で押してくるフレンチに慣れているフランス人には衝撃的な引き算の味わいだったことと思います。
お隣のマダムは、いちいちに、小さな溜息をこぼされ、食べつくされておりました。
ぼくは米粒一粒も残せない気持ちで頂いておりましたが、周りのフランス人も、上手に箸を使い、最後の一粒まで丁寧に堪能されていたのが印象的でした。
ここまで日本の神髄をフランス人に届けることができる料理長の腕前はお見事だと思います。

パリで茶懐石をたのしむ

今回、辻が思った三絶は
1,蟹とウニの椀
2,サバの棒寿司
3,折敷に載った白ごはん
でございました。
蟹は、料理長自ら、絶対に雑物が入らぬよう、最大限の注意を払って、徹底的にほぐした一品で、見事な食感に、フランス産の雲丹がソースのように絡まる、極上の一品でした。
鯖の棒寿司は備長炭で皮目を皆さんの前で焼くため、その時だけ、通りに面した扉が解放されました。赤酢の酢飯がこれまた素晴らしく、海苔で巻いて手で頬張るのですが、言葉にならないほど、おいしゅうございましたね。
また、頂きたい一品でしたね。

パリで茶懐石をたのしむ

パリで茶懐石をたのしむ

※ 白トリュフがかかっている野菜の「炊いたん」だと思いますが、この中に、フランスでは見たこともない、ゆり根が隠されておりまして、個人的には大好物なので、嬉しくなりました。そういう特殊な食材を仕入れるのがこれまた一苦労で大変なのだそうです。

パリで茶懐石をたのしむ

※ こちらが鯖の棒寿司です。

パリで茶懐石をたのしむ

※ 見事ですね。フランス人の様子を見ておりましたが、いわゆる、お寿司でもないこの形にがぶりつく彼らの食べながら驚く様が、日本人には痛快でございました。

パリで茶懐石をたのしむ



パリで茶懐石をたのしむ

そして、最後のキノコの炊き込みご飯、豪快で、繊細で、たまりません。

パリで茶懐石をたのしむ

パリで茶懐石をたのしむ

パリで茶懐石をたのしむ

デザートのあと、鐘がなり、空気の流れが変わると、店主が中央に立ち、一礼、その後、お茶をたてるのですが、その作法はある種のスペクタクルの感動をお客さんに持ち込んで、みなさん、息を呑んで見守っておられました。
次回は、夜会に参加したいと思います。素晴らしい一流の味、そして、日本の心を味わえる数少ない名店だと思います。

パリで茶懐石をたのしむ

辻仁成、個展情報。

パリ、10月26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」現在開催中です。
住所、20 rue de THORIGNY 75003 PAROS
地下鉄8番線にゆられ、画廊のある駅、サンセバスチャン・フォアッサー駅から徒歩5分。
全32点展示。残り数点になりました。

1月中旬から3月中旬まで、パリの日動画廊において、グループ展に参加し、6点ほどを出展させてもらいます。



辻仁成 Art Gallery
自分流×帝京大学

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。