PANORAMA STORIES

日々のことば「なぜ生きるのか」 Posted on 2026/06/18 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
朝、アトリエに行き、ぼんやりと考えていたんですが、というのも、仕事机の前に窓があって、そこから世界が見えるんですよね。
穏やかな時間が流れているんですが、その同じ瞬間に、人間の数だけ、世界は動いているわけです。携帯をのぞくと、インスタとか、エックスに世界各地から映像とか文章が投稿されていて、めまぐるしく世界がぐるぐると動き続けていることを教えてもらえるわけですが、それは、ぼくの暮らしとは程遠いわけで、そうなんだ、と思うのですが、実感は薄く、ひじょうに表層的な事象として認識できるだけで、その「おいしさ」や「悲しみ」や「痛み」や「怒り」の本質は理解できないんですね、なんとなく、想像は出来るんですけれど・・・・。

この世界って、なんだろう、と思わない日はないです。
幻なのかな、と、たとえば、自分の人生を振り返って、過去の出来事、いろいろとありましたが、を振り返るんですが、「遠のいている」んですよ。どんどん、遠のいています。
「ああ、あの頃は大変だったな」
と思うことがもちろん出来るんですが、もう、通過してしまっているので、その時と同質の気持ちは共有することが出来ません。だから、この記憶の中にあるものは「真実」なんだろうけれど、「幻」のような掴みにくいものになってしまっているわけです。

日々のことば「なぜ生きるのか」




けれども、ぼくは目の前に広がる朝の光景などを見つめながら、でも、ぼくは「生きている」ことを理解しています。何で生きているのだろう、とつきつめて考えたことはあまりないんですが、目的はなんだろう、と思いますけれど、はっきりとした生きることの理由を見つけ出すにはいたっておりません。ただ「今日を生きる」という、すべての生き物にあたえられた力に従っているだけです。
たとえば、アトリエにはけっこう、蜘蛛がいるので、捕まえて、外に逃がしてやるんですが、逃がしてやるというこの考察がそもそも傲慢なんですけれど、踏んづけてしまわないように、外に出すわけですが、彼らは黙々と生きて、とにかく、一夜でものすごい巣を作り上げてしまうんです。見事なアートであり、生活のための行動です。自然界で生きるあらゆる生物には、共通するものがあります。それは「生きる」という本能ですね。人間は自殺をするので、唯一、これに抗うことをやりますが、ほとんどの人は生き続け、死ぬまで生の願望の中に身を置いています。

日々のことば「なぜ生きるのか」




本能という言葉で片づけられてしまうこの力のことを、ぼくはもう少し、考えてみたいと思っています。
今、新しい絵と格闘していますが、ぼくのほとんどの作品は、下書きもないですし、自由気ままにどんどん描いているんですけれど、見たこともない光景ばかりが出現してきます。何かをスケッチしたり、それを見て描くということは今までやったことがありません。最近「夜のスケッチ」というセーヌ川河畔を散歩しながら、ちゃちゃっと見えている世界をスケッチすることをはじめた程度で、ま、ぼくの本髄じゃないんです。ぼくのスタイルは、見たこともないものを、画布の中に描きつける手法で、でも、どんどん、出てきます。で、ある時、なんで、こんなものが出てくるのかな、と思ったんですよね。小説も、似てますけれど、絵の方が圧倒的に、ふん出力が強い。何処にこの記憶があったのでしょう・・・。

ぼくには両親がいますが、その両親にも両親がいて、その人たちにも親がいて、・・・。人間はどんどん遡ることが出来る。遺伝子の中に、知らぬ間に受け継がれているものがあるのかもしれない、と思うこと、あるんです。生まれた時にまっさらなハードディスク状態じゃなく、ある程度、先祖から貰った情報が隠されていたんじゃないかって、もしくは、それ以上のものです。ぼくは媒介者で、その記憶を形にすることに長けているのかもしれないですね。三十数年前に、パリのオデオンを歩いた時に、はじめて歩くんですが、ものすごく懐かしくて、え? ちょっと待って、先祖がフランス人ってことはないですもんね、これはおかしいな。あはは。
でも、懐かしいんですよ。だから、描いている作品の中に、見たこともない路地が出てくることがあって、待てよ、それは遺伝子じゃなくて、魂の話になるのかもしれないですね。笑。

日々のことば「なぜ生きるのか」

日々のことば「なぜ生きるのか」

ともかく、「生きる」というものは「なぜ生きるのか」ということをぼくは突き詰めて今、表現者でいるのだと思っています。ぼくは「なぜ生きるのか」を日々、大事に持って生きています。偶然だとは思いませんし、何か意味はあるのだろうと思っています。そしてこの考察は、とくに人間に与えられたとっても豊かな問いかけのような気がしてなりません。答えのないような問いかけですが、答えがないからこそ、なぜだろう、と思ってぼくなんかは、創作が出来ているからです。お前は金星人が作ったヒューマノイドなんだ、と言われたら、がっかりしてします。笑。

「生きる」ことを与えられたので、あとは、自分がそれを使い切る、というか、乗り切る、というか、全うするまで、楽しめばいいんじゃないか、と思うのであります。なぜ生きるのか、上等じゃないですか、ぼくはおいしい朝のコーヒーを飲むために、生きているんだと思いますよ。他に、何が必要なんでしょうか。えいえいおー。

日々のことば「なぜ生きるのか」



父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
8月5日から、日本で個展が開催されます。11日まで。三越日本橋本店、特選画廊全面です。辻仁成展「鏡花水月」、楽しみだね。
10月22日~25日は、コンコルド広場に、父ちゃんの6メートルの壁が出現します。作品は入れ替わりますが、11作品展示予定です。初のアートフェア、パリ・モダンアートフェアね、楽しみ過ぎるなー。
そして、第18回リヨン・ビエンナーレに正式参加となりました、辻仁成展「Les Invisible Lyon」が、11月5日から3週間、リヨンで行われます。主催はギャラリー48(ノマド画廊なんで、会場を持ってない)ですが、会場名前が違いますので、近くなったら画廊住所など、詳細をお届けします。中心部です。楽しみ、何か、すごい出会いがありそうですね。

日々のことば「なぜ生きるのか」

自分流×帝京大学
辻仁成 Art Gallery



Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。