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退屈日記「熱血しげちゃん、絶対絶命の大ピンチ! 大決断のご報告 」  Posted on 2020/09/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、一昨日、カメラマンとスタッフがベルサイユ宮殿に下見を兼ねて赴いたところ、先方の担当官さんが出てきて、いきなり、「ベルサイユ宮殿としてはチケット販売するオンラインツアーを認めるわけにはいきません」と言い出したのだった。
そこから話が急転直下、大変なことになってしまった。
その下見には地政学的な理由で、ベルトラのスタッフももちろんしげちゃんも誰も主催者は立ち会ってない。
こちらのスタッフとカメラマン、ガイドさんだけだったので、いったい何のことかわらなかった。
とにかく、驚くべき事態として、ベルサイユ宮殿側はベルサイユを広めるためのプロモーションとしては許可するけど、オンラインツアーは許可できない、という結論だった。
連絡を受けたぼくはひっくりかえった。ええええ、今? どうなってんの、しげ~、チケット発売してるのに!!!



そこからてんやわんやの大騒ぎになった。
どうも、ベルサイユ宮殿はNHKの世界遺産シリーズのような放送だと思っていた、と言うのだから、開いた口が塞がらない。9月21日という日程はベルサイユ側からの指定日であり、急遽その日になったというのに…。
ところが、パリ・オンライン・ツアーのチケットは大変好調なのである。好調ということは、みんなが期待をしているということだ!

退屈日記「熱血しげちゃん、絶対絶命の大ピンチ! 大決断のご報告 」 

「しげちゃん、どうするの? 大勢の人が楽しみにしているというのに」
ぼくはすぐさま電話をかけた。
「すいません。ベルサイユ宮殿には勝てませんでした」
絶句。
「いやいや、そうじゃなくて、あのね、それじゃ、すまないでしょ? 」
「辻さん、わちし、責任をとります」
「責任って、どうやって?」
大勢の人が楽しみにしているベルサイユ宮殿のツアーなのである。何が何でも、中止というわけにはいかない。
ぼくも混乱していた。どうしたらいいのか、分からなかった。ひと呼吸あけて、しげちゃんは言った。
「ツアーはやります。ベルサイユ宮殿ツアーは無料でやらせてください」
思いがけない一言に、驚いて言葉を失った。



「無料? それは、誰でも視聴できるということ? しかし、どうやって回収するの?」
「回収は出来ません」
「大赤字じゃない。しげちゃん、君は頭大丈夫か? 凄い数のスタッフが動いてるんだぞ」
「自分の責任です。皆さんの夢を壊すことは出来ません。誰でも参加できる無料ツアーにさせてください。でも、エッフェル塔だけは通常通りやらせてください」

二の句が継げなかった。衛星回線にかかる費用が莫大だった。
カメラマン、撮影クルー、スタッフ、ガイド、など大勢が動き、東京に中継スタジオまで借りないとならない。
旅行業界が大変な状態で、お客さんがいないから、と知恵を絞った鳴り物入りの企画だったのに。
しかし、…確かに、無料にするしか、みんなが納得できる解決策はない。
「しげちゃん、ぼくは一円も貰うつもりはないから、その分は考えないでいいよ」
「辻さん、すいません」



介護施設向けの「シラス丼」ツアーで成功したしげちゃんだったが、ベルサイユ宮殿はあまりに敷居が高く、宮殿側がノーといえば旅行会社側は当然従わざるを得ない。
エッフェル塔ツアーの方で挽回をするしかないが、しかし、前途多難である。
ぼくはしげちゃんの心中を察し、ため息を漏らした。
「でも、無料っていうのは、もしかしたら物凄い数の人が観てくれるかもしれないね。コロナで気持ちが落ちている人たちを幸せにできるかもしれない、と思えば、それが大きな意味での実績になる。やっぱり旅行は楽しいと日本中の人が思ってもらえたら、それはそれで意味のあることじゃないか? しげちゃんがそこまで腹をくくるなら、ぼくも手伝うよ」

ということで、急転直下、ベルサイユ宮殿ツアーの方は、このような事情で「無料ツアー」ということになってしまった。
そして、新たにこの日のツアーは万人に開放され、誰でも参加できるツアーとなった。
世界中の人が閲覧することが出来るのである。
ともかく、しげちゃんは「生きてる気がしません」と落ち込んでいる。
わちし、革命を起こせると思っていたので、ショックなんです、と小さな声で泣きそうになりながら、呟いていた。でも、きっと彼はひるまない。
「エッフェル塔ツアーに大勢の人が参加してくれるよ。あっちはぼくが頑張るからね。だから、旅行業界の明日のために、出直すつもりでまた頑張って行けばいいんだよ」
と励ましておいた。

退屈日記「熱血しげちゃん、絶対絶命の大ピンチ! 大決断のご報告 」 

自分流×帝京大学

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。