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マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画 Posted on 2018/09/20 辻 仁成 作家 パリ

散歩が日課だからふらふらと日がなあちこち歩き回っている。で、ある日、年配のマダムが街路樹の袂に柵を設け、ハーブとか花を勝手に育てているところに遭遇した。
「え、こんなこと勝手にやっていいの?」と驚き、小生はそのご婦人を白い目で見つめてしまった。きっとこの人はここで育てたミントとかバジルなんかを料理に使っているに違いない。柵のところには立て札があり「これは私が育てている植物だから勝手にとらないで!」と書かれてあった。凄すぎる!
しかし、これ、実はパリ市が推進する緑化計画に沿ったものだということがわかった。植物栽培許可証(Le permis de vegetaliser)を申請した市民に、自宅傍の街路樹の袂の土地に好きな植物を植えて育てていい、という物凄いプロジェクトなのである。見渡せばパリのそこら中でこのベジタリゼ(緑化)運動が流行中なのであった。市役所に問い合わせたところ、2015年の6月30日からスタートしているのだとか……。うう、知らなかった、凄すぎる!
 



マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画

マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画

手順としては、まず、イメージする植物栽培計画を申請フォームに記入、ネットでパリ市に送りつける。パリ市側が検討し、問題なければ、だいたい一ヶ月ほどで許可が下りる。お願いすれば土や種まで提供してくれるというのだから、凄すぎる。想像してもらいたい、あの世界中の誰もが憧れるパリ市の土地に自分の花壇や畑を持てるのだから、しかも、タダで! これは凄すぎる。
 

マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画

エッフェル塔の傍の広々としたグリーンベルト地帯にずらっと並ぶプライベート庭園地区があることを知り、さっそく足を運んでみた。なんと数メートル間隔で遠くの交差点までずっと続いている。お、いた、緑化マダムだ! 普段はおしゃれな恰好をして闊歩しているパリのご婦人たちがジャージとかTシャツ姿で植物の世話をしている。思い切って声を掛けてみることにした。マダム・ジョッフルさん、45歳!

 この庭園を始めたきっかけは?

マダム 健康にいいし、気分転換になるわ。太陽の下に自分のささやかながら世界を持つこともできる、最高じゃない?

 凄すぎますね。何かこれを始めたことで変わったことは?

マダム 自分の庭を手入れすることで、通りがかりの人や近所の人と会話をする機会が増えたのよ。いい時間潰しになるし、人々が関心を持ってくれることも嬉しい。

 公共の場所ですし、つまり自分の土地じゃないわけですから、いろいろと問題もあるんじゃないですか?

マダム 始めたばかりの頃はタバコの吸い殻やポイ捨てされたゴミがたくさん落ちてて、そりゃ嫌でした。でも、3年経った今ではみんながこのプロジェクトを理解し、しかもリスペクトしてくれている。もうゴミが投げ入れられることもなくなったのよ。このカルチエ(地域)の人たちの理解は進んでいると思う。

 へ~、凄すぎる。

マダム パリ市内にはアパルトマンがほとんど。一軒家がないのだから庭なんかまずないし、テラス付きの物件も珍しい。つまり植物を育てる機会を持つことが難しいから、パリ市のこの取り組みはありがたいわ。この制度ができたことでパリの人々は自分の庭を持つことができ、パリ市にとっても緑化が無料で進んで、どちらにとっても利益となった。考えた人、天才? 住民一人一人の手でパリ市全体に緑を増やせることも素晴らしいことじゃない? 市民としても盛り上がるし、みんなでこのパリをもっと美しくしようじゃないか、という気持ちに繋がる。世界中でやればいいと思うわ。

 凄すぎます、感動しました。ありがとう。
 

マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画

マダムも熱狂、凄すぎる! パリ市緑化計画

パリは区によって緑が多い地域と少ない地域とに分かれる。生活面でゆとりがあるかどうかでもこの制度 を使う人々の数が変わってくる。。けれども、この取り組みは功を奏していると思う。徐々にこの緑化計画が浸透し始めており、パリは市民の手によって、緑に包まれ始めた。この試みは世界各地で広がるような気がする。そういえば、べリブと呼ばれる貸し出し自転車の普及、 パリプラージュと呼ばれる夏のセーヌ河畔の南国浜辺化計画といい、パリがやることは大胆で面白い。オートリブという貸し出し電気自動車の普及は頓挫したみたいだが、しかし、パリ市が考え出すものはどれも市民目線なものばかり、しかも、環境破壊を防ぐことにもつながっているわけだから、まじ、考えた人たちは天才だ。
いや、実に凄すぎるパリ市の試みであった。
 



 
 

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。