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Unsung heroes (人にやさしく) ―6000万回再生されたタイのCM Posted on 2020/01/05 米山 一也 教員 タイ バンコク

「人生で大切な物は何ですか?」
そのタイのテレビ広告は大きな反響を呼んだ。放映されてからわずか4週間で、1700万人の人々が視聴し、世界で9番目に多くシェアーされたビデオになった。その後も再生回数は伸び続け、現在では6000万回を超えた。ユーチューブで再生回数の多いCMでも軒並み1千万ビュー程度だから、そのアクセス数は際立っている。
ネットで世界が繋がっていると言っても、タイ国外ではほぼ無名であるその生命保険会社のテレビ広告を世界の人々がこぞって視聴するという現象は面白い。普通の人は良く知らない外国の広告、特に東南アジアの国CMなんか見ないから、そのビデオには視聴者に訴える強力な何かがあったのだろう。

Unsung heroes (人にやさしく) ―6000万回再生されたタイのCM

それはあるタイの生命保険会社が「Unsung heroes(人にやさしく)」と名に打って制作したCMの中の一つなのだが、今回はその広告が世界的人気を得た二つの理由について述べたい。
第一の理由はメッセージだ。何となく見ていると気付かないが、この広告のメインテーマは「人生の価値」で、それについて視聴者に考えさせる内容となっている。この狙いについて、その広告のダイレクターであるチッタラコーン氏は以下のように説明している。
私達は生命保険会社なので人々に「人生の価値」についてもっと考えてもらいたいと思っています。私達は日常生活の中で、保険について考える事はあまりありません。しかし、怪我をしたりトラブルにあった時に初めて、「人生の価値」について再考し、保険の事を考えます。そんな時、私達の会社がその価値を大事にしているという事を思い出してもらいたいのです。私達が一番重視しているのは「感情」です。私達はずっと人と人の感情のつながりを大切にしています。視聴者とCMを通じて感情的なつながりが出来れば、私達の会社の商品を覚えてくれるのです。



テレビのCMで「人生の価値」について視聴者に考えさせるというアイディアは面白い。特に印象的なのはその広告の最後のシーンだ。
「他人に親切にしても、どんな得があるのだろう?」
「得るものは何もありません、お金持ちにもなれないし、有名にもなれない。私達が得るものは人々の笑顔だけです。でも、それはお金では買えません。」
そして、
「あなたは人生で一番欲しいものは何ですか?」 

という問いかけで広告は終わる。自分達の商品の事は全く述べず、「人生の価値観」を視聴者に静かに ストレートにぶつけるという手法は詩的で、余韻がある。良質な短編小説の様だ。

Unsung heroes (人にやさしく) ―6000万回再生されたタイのCM

人気の第二の理由はコマーシャルの構成だ。その広告には有名人やきれいなモデルは一人も登場しない。キャストは全て、普通の市井の人々だ。彼らの日常が分かりやすく、シンプルに描かれている。ストーリーが明確で、舞台が普通の市民のありふれた日常生活なので、タイの人々だけでなく、外国人にも登場人物への感情移入が容易になり、多くの共感を呼んだのだろう。そして、そのシンプルな構成はCMのテーマ「人生の価値」を視聴者に余す事なく伝えている。「人生の価値」は私達の頭の中にあるのではなく、日々の行動の中にあるという事を。
家の近くを歩いていると、外国人の私にも当然のように「どこ行くの?乗せていくよ」と近所の人が声をかけてくる。そんなタイの人々の優しや思いやり、そして、彼らの「人生の価値観」は尊い。
そんな事は彼らにとっては当たり前の事なのかもしれないけれど…



(タイ語が分からなくてもCMは理解出来ます。3分程度の短い作品なので、是非御覧下さい。)

Posted by 米山 一也

米山 一也

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日本の大学を卒業し、オーストラリアの大学で教員免許を取得し、現在はタイのバンコクのインターナショナルスクールで働いています。今年でタイ生活が22年になりました。家族は4人。2人の娘がいます。