PANORAMA STORIES

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜 Posted on 2017/08/08 八重樫 圭輔 シェフ イタリア・イスキア

ルーマニア、アルバニア、ウクライナ、ロシア、ハンガリー。地中海を挟んでチュニジア、モロッコ……。
手の平に載せた地球儀を少し回してみる。
大西洋の向こうにエクアドル、ドミニカ共和国、アルゼンチン。

それは、今まで一緒に働いた仲間たちの故郷。

お皿や鍋のぶつかり合う音の中、グリルや揚げ物の煙の中、オーダーや、時には怒号の飛び交う熱気と混乱の中… 東欧から北アフリカ、南アメリカまでの10か国、覚えているだけでも30人近い人たちと厨房で苦楽を共にしただろうか。

南イタリアにはアフリカからの難民が数多く流入し、彼らを乗せた船が転覆して、たくさんの命が失われるという痛ましいニュースを目にすることもしばしば。
近年では東欧諸国、中南米、アジアからの移民も多くなってきている。
 

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜



北部に比べるとまだまだ規制の甘い南イタリア。
特にイスキアのようなリゾート地では、外国人を季節労働者として雇う店も多く、中には正規の滞在許可証を持たない人もいる。僕が働くレストランでも、イタリア人以外の外国人を常に雇っている。

けれど、シーズン中の厨房の仕事はきついし、時間も深夜にまで及ぶのですぐに辞めていく人が大半だ。彼らとしても一番の目的は稼ぐことだから、割に合わないと感じたら、すぐに他の仕事を探すのが当たり前なのだろう。

彼らがイタリアに来る理由は様々だ。大半は、既にこちらで働いている親せきや友人を頼って出稼ぎに。あるいは、自国での内紛から逃れるため…
僕のようにイタリアが好きで、イタリア料理を学びに、というような者はまず居ないので、その辺の価値観の違いがあることを初めから了承しておかないと、すれ違いが生じる。

地球カレッジ

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜

仕事に対する辛さや日常での不満、祖国への郷愁などには、僕もうんうんと相づちを打つけれど、たまに見られる旅の恥は掻き捨て的な態度や、投げやりな考え方にはそっと一言添えるようにしている。

『君の夢や本来の職業とはかけ離れているかもしれないけれど、真面目にやっていれば何だって無駄にはならないはずだよ。全ては何かの役に立つはずだから頑張って! 今だけ今だけ、みんな過ぎ去るよ』と、煙たがられるのを承知で。ただ、昔はたいてい僕のほうが年下だったけれど、今では僕が年長の事が殆どなので、アドバイスもしやすくなった。

朝からウォッカとミントのカクテルを飲んでいた遅刻魔の二コラ。
美人の奥さんが心配で、彼女が働く店まで仕事を抜け出して監視に行っていたマリウス。
『料理には興味がないから仕事は教えないで』と初日に言い放ったカデール。
『宗教上お酒は飲めない』と言いつつ裏ではがぶ飲みしていたモハズ。
歯のない二カッとした笑顔で数多くの難を逃れていた、物忘れの帝王ジョルジョ。
疲労がたまると欠勤し、年上の彼女をピンチヒッターとして送り込んできた、無理はしない主義ダニエル……。

誰もが個性的でアクが強くて悩みがあって、そしてみんないい奴らだった。困った事も沢山あったけれど、誰からも学ぶ事があって、そんな中で揉まれつつ僕も少しは成長できたのかな、と思う。

それぞれの人生の、様々な時点で、色々な事情があって祖国を離れ、何かしらの縁があって見知らぬ者同士がひとつの場所で力を合わせて働く。
言葉の壁も、文化の壁も、宗教の壁も乗り越え等しく汗を流す時、そこには国境など存在しない。
本当はわかり合える筈のひとつの世界。それがただの理想ではない事を時折、垣間見るような気がする。

昼と夜、仕事のあとに皆で食卓を囲む安らぎのひと時。
食文化の違いからか、多少の好き嫌いというものは出てくるけれど、そんな中、どの国の人も必ず平らげるメニューというのもいくつか存在する。
今回はその中から、あるパスタを皆さんにご紹介したいと思う。

※タイトルのq.b.とは適量を意味するイタリア語 quanto basta(クアント バスタ) の略です。
細かいことは気にせず臨機応変に,あなた次第のレシピにして頂けたら、という思いを込めて。
 



” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜

~ ケイパーとオリーブ風味、ペペローニのリングイネ ~
 
材料(4人分)

☆ペペローニ(パプリカ)    小ぶりなら4個、大ぶりなら2個ほど
☆グリーンオリーブ       一人4~5粒ほど(種があるものは取る)
☆塩漬けのケイパー       15~20グラム
☆ニンニク           ひとかけ
☆塩、オリーブオイル      q.b.(適量)
☆オレガノ、バジル       q.b.
☆バター            ごく少量
☆リングイネ(またはスパゲティ)400グラム
☆トマトソース         400グラムのトマト缶一つ分
 
※トマトソースはトマト缶を裏ごししたものを、オリーブオイルを熱した鍋で煮るだけで十分です。塩少々。
または各ご家庭のレシピでどうぞ。ペペローニは適当な長さに切っておきます。
  

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜



” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜

作り方

①フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れて熱し、ニンニクがきつね色になったら取り出す。

②ケイパーを加え(塩は洗わずそのまま)、ペペローニ、オリーブ、オレガノを加え強火で炒めます。
ペペローニがしんなりするまでよく炒めるのが大事です。
※この状態で、付け合わせとして食べることもできます。

③トマトソースを加えて10分ほどコトコト煮ます。ケイパーとオリーブから塩分が出るので、塩は最後に加えましょう。
 
パスタをゆで始めます。ゆで汁をコップ一杯分取っておきましょう。出来上がったソースも。トッピング用に少々別にしておきます。
 
④ゆで上がったパスタを加え、バター、バジルも加えてよく混ぜ合わせます。必要ならばパスタのゆで汁を加えながら水分を調節します。あまりパサパサにならないように気を付けてください。お皿に盛って出来上がり!
 

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜

このパスタの時はライバルがいっぱいなので、なかなか大盛りを食べることができません。みんな普段よりも早く着席したりして、現金なものです(笑)。
ともかく、人と人との絆というのは共に食卓を囲むことで強くなりますね。

昔の仲間たちの中には、風の便りで故郷に帰ったと聞いた人も、結婚して幸せに暮らしていると聞いた人もいます。
一緒にご飯を食べた思い出を胸の片隅に、これからも世界各地で頑張ってほしいと願うのです。
飾らない普段着の食卓を、あなたも再現してみてくださいね。
 

” q.b. ” レシピのないレシピ帳 〜美味しすぎて本当は誰にも教えたくない賄いパスタ〜



自分流×帝京大学



Posted by 八重樫 圭輔

八重樫 圭輔

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Keisuke Yaegashi
シェフ。函館市生まれ。大学在学中に料理人になることを決め、2000年に渡伊。現在は家族とともにイスキア島に在住。