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パリでタイユールとして生きていくこと Posted on 2016/10/21 鈴木 健次郎 タイユール(テイラー) パリ

パリでタイユールとして生きていくこと

初めまして。パリでタイユール(Tailleur)をしている鈴木健次郎といいます。
フランスには2003年12月に渡仏し、最初は授業料が一番安いという理由でドイツとの国境にある街、ストラスブールで生活を始めました。約6ヶ月生活をしながらフランス語を学んだ後はパリに移り、Académie Internationale de Coupe de Paris(スペシャリストを養成するパリの服飾専門学校)にてフランスでのカッティング技術を学びました。卒業時に国家資格であるフランス政府認定モデリスト4を取得し、その後数々のGrande Maisonと呼ばれるタイユールで修行をし技術を習得。2013年パリ8区に日本人では初のタイユールとして独立しました。

タイユールとは聞きなれない言葉とも思いますので少し説明をしたいと思います。
日本ではテーラーと呼ばれ、いわゆる紳士服のオーダーメイドとなります。ただオートクチュール(Haute couture)の歴史が深いパリではタイユールともメンズにおけるオートクチュール(Haute couture masculine)とも言われています。

メンズ、レディースの服作りにおいて共通しているのは、まず最初にイメージがあり、次にそれを形にしていく人がいるということです。今日は少しその部分を書いてみようと思います。服を作る上での流れとしては、まずスティリスト(Styliste:デザイナー)から渡されたデザイン画を元にイメージを膨らませていきます。デザイン画といっても昔のグランドメゾンのいわゆるデザイナーが描いたような、緻密なはっきりとしたデザイン画ではなく、人によっては言葉や写真でただ思い描くイメージを伝える人もいます。

パリでタイユールとして生きていくこと

私が渡仏前、東京の恵比寿で仕事をしていたスティリストの先生は、デザイン画と一緒にその服のイメージをどこまでも伝えてくれました。言葉や写真を使い、その服を着た人がどんな場所で、どんな人と、どういう音楽を聴きながら・・・といった情景を伝える方でした。春風の中、あるカップルがいて、このドレスを着て、それが風になびいた時とても綺麗でね・・といったいわゆる『そこに浮かぶ空気』を伝え、それを共に共有しイメージを膨らませていく作り方でした。
そういった意味ではスティリストと一言でいっても、『緻密なデザイン画を描くもの』ということはなく、自由に、その人のイメージを伝える表現者なのだと思います。

そうしてスティリストからイメージをもらい、そのイメージを頭で膨らませていきます。そしてそれを作るには一体どうしたらいいのか? を考え具体的な形にしていくのをモデリスト(Modeliste)といいます。日本ではパタンナーといいますね。スティリストから指示を受けたイメージを膨らませ、紙の上に鉛筆とボールペンでラインをひき立体を作っていきます。型紙を作っていく上で大事なのは3Dの立体的な服を作るのを2Dの平面的な紙の上で表現する、ということです。

パリでタイユールとして生きていくこと

型紙をひいた後はトワール(toile)と呼ばれる仮布をカットしピンもしくはミシンで組み上げていきます。組み上がったトワールは ”ボディ”と呼ばれる人台に着せ付け形を確認していきます。
日本での修行時代、一枚のシンプルなシャツを担当したことがありました。デザイン画からイメージを膨らませ、よし! と思い型紙を作りサンプルを作っていきます。未熟だった私は何度も型紙を作り直しサンプルを縫い直してもなかなかスティリストの先生のイメージに近づかせることが出来ませんでした。
先生はあくまでスティリストであって型紙をひける技術者ではありませんでした。伝えてくれるイメージも『もっと大きなドレープを作りなさい』『広がりをもたせて』『空気感がない』『もっとメンズっぽい男性的なドレープなのよ』といったあくまでイメージを中心とした言葉でした。

経験の浅い私にはそうした言葉のイメージよりも、具体的に型紙のどの部分をどう動かしたらそのドレープが生まれるのか? を必要としていました。イメージと実際の表現するためのテクニックが繋がっていなかったのですね。
結局そのシンプルなシャツは24回も型紙を作り直したのに完成することはありませんでした。多くのジャーナリストがショー当日、モデルのキャットウオークを見ているその傍らで、ギリギリまで縫い続けていましたが結局完成出来なかったこと。自分の未熟さを深く知った時でした。

テクニックが未熟なだけではなく、スティリストの伝える”空気感”を汲み取る感性も足りなかったということ。もう20年近く前のことですが、その時先生から学んだことは今の自分に大きな影響を与えています。
型紙を作るというのは服作りの上でとても大事な部分。
そこには表現する技術だけではなく、イメージを理解出来る感性、そして立体を平面の紙の上で形にする絶対的な技術と経験が必要です。
どれだけいい服を作れるのか? ということはどれだけの数の型紙をひき仮布で組み上げたかということに通じるのかもしれません。

Posted by 鈴木 健次郎

鈴木 健次郎

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Kenjiro Suzuki
タイユール(テイラー)。1976年東京生まれ。メンズファッション専門学校を卒業後、モデリスト、クチュリエとして働く。2003年に渡仏。ストラスブールの語学学校に半年間通った後、パリのモデリスト養成学校
Académie Internationale de Coupe de Parisにて学ぶ。フランス政府認定モデリスト技術者レベル4を取得。ARNYS, Pierre DEGANG , LANVIN , CAMPS De Luca にて仕立て技術を習得。2007年よりフランスを代表する名店 Francesco SMALTO にて型紙を統括するカッターとして働く。 2009年よりパリのテーラーとしては日本人初のチーフカッターに就任。2013年に独立しパリ8区で “KENJIRO SUZUKI SUR MESURE PARIS” を営む。