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2度目のロックダウンに入っているドイツからの報告 Posted on 2020/11/24 佐藤 希恵 ピアノ弾き、ピアノ講師 ドイツ・ランツベルク

11月2日から2度目のロックダウンに入っているドイツは今もなお、1日に2万人以上の感染者が出ている。
前回記事を書かせて頂いた3月はドイツではマスクの着用が義務化されておらず誰もしていなかった。
その後4月の終わり頃から店舗や公共交通機関に乗るときのマスク着用が義務付けられ、厳しいところではマスクをしていなかったら罰金が課せられる。
そして最近では街の中もマスク着用が義務化された。
あらゆるところに“マスク着用”の紙が貼ってある。
半年前までは誰もマスクをしていなかったのに今ではするのが当たり前になった。
警察も監視しているほど厳しい。
今回のロックダウンは前回の規制よりも緩く、飲食店、映画館、劇場、ジムが閉鎖、衣料品等の生活用品店、学校は通常通りとなっている。
 



2度目のロックダウンに入っているドイツからの報告

私の勤める音楽教室では今回は通常レッスンをしてよい許可が出た。
正直、今回通常レッスンの許可が下りたことにホッとしている。
なぜなら前回のロックダウンのときの約2ヶ月間のオンラインレッスンは初めての経験ということもあり、普段の倍以上の労力を費やしたからだ。
まずどのくらいの生徒がオンラインレッスンに参加してくれるのか不安があった。
でもありがたいことに約95%の生徒が快く協力してくれ、親御さんには心から感謝を伝えた。
生徒にSkypeかZoomをインストールしてもらい、それが不可能の生徒にはWhatsAppのビデオ(LINEのようなもの)でレッスンとなった。
ピアノは手元を見せたいので私は2つアカウントを作り、パソコンで顔を携帯で手元を映しレッスンを行った。
高学年や大人の生徒達とは思った以上に普通にレッスンが出来たが、唯一の問題は電波が悪くなると音が途切れたりリズムが違って聞こえ、クラシック音楽がジャズっぽく聞こえるということはよくあった。
それは仕方ないとして問題は低学年の生徒。
「何行目の何小節目の音から…」という会話が高学年の生徒とはスムーズに出来ても、低学年の生徒とはそうはいかない。
直接楽譜を画面に映して「ここ!」というのが一番早かった。
初心者の生徒には出だしの音の鍵盤探しがまた大変で、私の手元を映している鍵盤にドレミのシールを貼って示す方法をとった。
 

2度目のロックダウンに入っているドイツからの報告

また慣れない操作で顔や音声が出ないときは、その都度やり方を説明していたら時間だけが過ぎてまともにレッスン出来なかったり、集中力のない生徒はいつの間にか画面から姿を消してしまうので戻るまで名前を呼び続けることもあった。
リビングにピアノのある生徒はレッスン中も家族の会話が丸聞こえだったり、おばあちゃんが急に挨拶しに登場したり、画面には映っていないものの親が隣で子供に音符を囁いていたと思ったら最終的には子供をどけて親がレッスンに入ってくることも…。
そして時間に厳しいドイツ人なのでオンラインレッスンは時間との勝負でもあった。
次の生徒への切り替えがスムーズにいかず、最初はオンライン渋滞が起こってしまっていたものの最後の方はもうすっかり慣れていた。
ただ直接教えられないもどかしさとドイツ語の勉強不足を痛感し自分に対してイライラすることも多かった。
そんなこんなで2ヶ月間のオンラインレッスンを終え、久しぶりの対面のレッスンで最初に驚いたのは、低学年の生徒達が私が教えなくても鍵盤の位置がスムーズにわかるようになっていたことと、これまで私の指差しで楽譜を追っていたのが一人で楽譜と鍵盤の両方を見れるようになっていたこと。
小さくてもちゃんと自分で考えて人の手を借りなくてもできるようになったこの成長は本当に嬉しかった。
そしてお互い不自由な思いをしながらオンラインレッスンをやり遂げたことで生徒との信頼関係が以前より深く築けた時間でもあった。


今は私と生徒との間にプラスチックの壁で仕切りがあり毎回の消毒、換気はもちろん、待合い場所も外に作り生徒以外は親であっても教室内には入れないようにしている。
それだけ一人ひとりが徹底しないと感染を防ぐことはできない。
 

2度目のロックダウンに入っているドイツからの報告

私は今月あるピアニストのコンサートに行く予定だったが来年に延期された。
そのコンサートは今回で2度目の延期で予定では今年の5月だったのが11月になり今回それも延期で来年の5月に予定された。
コンサートに向け最高の音楽を創りあげてきたのが2度も崩れ、これからどうモチベーションを立て直せばいいのか、どこにもぶつけられないこの苦しみは同じ音楽家としてよくわかる。
私は2011年の東日本大震災を経験している。
その時のことをふと思い出してしまう。
悲しくて辛くて笑うことができなくて、でも誰のせいでもない、どこにもぶつけられない思いをただただ我慢する日々だった。
そして今は世界全体で我慢をしなければいけない時。
マスクを外してまた生徒と笑える日が来るのを今は我慢して待つしかない。
 

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Posted by 佐藤 希恵

佐藤 希恵

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Kie Sato
宮城県石巻市出身。ピアノ弾き、ピアノ講師。ドイツバイエルン州ランツベルク在住。2011年ドイツに渡る。フライブルク音楽大学卒業後、2014年よりランツベルクの音楽教室でピアノ講師として勤務。