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書評「辻仁成著、十年後の恋を読む」 Posted on 2024/01/19 中江 有里 女優、作家、歌手 日本

恋は人を変える。
 
時に強くなったり、弱くなったり、周囲が見えなくなり、愚かにもなる。
 

本書を読んだ方それぞれの脳裏に、これまでに通り過ぎたいろんな恋がよぎっただろう。そんな恋を経た今、自分がどう生きているのかを考える方もいるかもしれない。わたし自身がそうだった。
 

本書の主人公マリエ・サワダは四十歳を目前にしたシングルマザー。離婚したのは三十歳になるころ。その年齢で一人で幼い子どもを二人育てるのがどれほど大変か、少しだけ想像できる。実はわたしの亡き母もマリエと似たような年で離婚し、わたしと妹を引き取ったシングルマザーだったから。
個人的なことはさておき、マリエは母・トモコの手を借りながら二人の子を育て、映画製作会社のプロデューサーとしてのキャリアを築いてきた。周囲から「鉄の女」というレッテルを貼られているが、子どもたちとの関係も良好で、信頼される人柄であることがわかる。
 

書評「辻仁成著、十年後の恋を読む」



恋から遠ざかった十年の月日を経て、マリエはアンリ・フィリップという謎めいた男に恋をした。仕事に子育てとがむしゃらに頑張ってきたマリエにアンリがもたらしたときめき。こんなご褒美のような出会いに抗えるわけがない。

「もう二度と男の人なんて好きになるものか」と自分に言い聞かせてきたマリエの呪縛は、アンリによってあっさりと解き放たれる。マリエが自身で恋心を認めるまで時間を要するのは、冒頭に書いたような、恋によって変わってしまう自分を恐れているからだろう。恋をして特定の人を猛烈に好きになり、絶頂にある時、たぶん周囲の声は届かない。好きという感情は独占欲も含む。
 

アンリが若い女性、ミシェル・デュポンを隣に座らせているのを見た時のマリエの心の動きは他人ごとではない。いつだったかこんな風に誰にも言えない感情に悶えたことがわたしにもあった。独占欲に嫉妬心が混ざった感情は自分でもコントロールができない。
四十歳になろうとする「鉄の女」マリエでも、恋の前では余裕を失う。理知的に見えた彼女の柔らかい内面に触れた瞬間だった。まるで初めて二輪自転車に乗る子どもが、転びそうになりながら、蛇行運転するようだ。普段なら颯爽と乗りこなして目的地へ行けるのに。
 

書評「辻仁成著、十年後の恋を読む」

書評「辻仁成著、十年後の恋を読む」



アンリに恋をしていいのか、そう悩んでいるがすでにマリエは恋に落ちている。そう、恋は「する」のではなく「落ちる」のだ。
 
思うに「人を好きになる」のは人の根源的な感情で、もっと広い意味で言えば「情が湧く」のもその範疇に入る。たとえばある人に対し、好ましい感情を抱く。それはいずれ友情になるかもしれないし、恋に発展することもあるかもしれない。目には見えない「好き」の感情を計ろうとしても、常に測定器の針は揺れ動く。
 
フランス語のamourには愛と恋の両方の意味が含まれるが、日本語では使い分ける。このことは物語の冒頭で示されるが、これがまさにマリエの命題。在仏の日本人の両親のもとに生まれ、育ちもフランス。どちらの国でも通用するようにとつけられた名前を持つマリエ。見た目は日本人だが、内面はフランス人。
 

幼少時、フランス人の親が子にするビズとハグをマリエはされなかった。このエピソードはささいなことではあるけど、きっと彼女に影響を与えている。日本にはビズとハグの文化はない。翻ってわたしが日本人であることを一番実感するのは、日本以外の国へ行った時だ。言語も生活習慣も知らないうちに日本仕様に慣らされていたことを知る。フランスで成長したマリエはビズとハグができるようになった時、フランス人として認められたと思った。だからといって彼女の中の日本人は消えてはいない。両親からビズとハグをされなかった寂しさとともに、愛と恋の違いを使い分ける日本人の精神をマリエは持っている。だからamourでは表せない感情を自らの中で発見するのだ。
 
アンリとの年齢差があっても、アンリに孫がいると知っても、マリエの恋心は揺るがない。アンリとマリエの恋に大きなハードルはなかった。恋の力に引き出されるポテンシャルは大きい。恋の反作用さえ覚悟すれば、これからの人生を彩り豊かなものにしてくれる。
 

書評「辻仁成著、十年後の恋を読む」

※ 文庫版「十年後の恋」は19日、全国の書店で発売です。



しかし後半、物語に仕掛けられるのは、アンリへの疑惑。
 恋は盲目というように、好きなあまりに都合の悪いことは見えなくなってしまう。実際アンリは謎が多い。これまで何をしてきたのか、自分の思想も成功体験も明かさない。「貧乏暇なし」と謙遜しているが、金払いもよく、いつも仕立てのいい服を身に着けて、スマートそのもの。
 
アンリと出会ったばかりの頃、マリエはこう言った、「だって人って嘘をつくし、豹変するし、自分のことばかりだし、信じた結果が今現在の私なんですもの」
 
元夫のことを思い浮かべているのだろう。そんなマリエにアンリの結論はこう。「上手に騙されてみるのも楽しいものだけどね」
 

アンリの言動を振り返りながら、人を好きになるのと、人を信じるのはどちらが先なのかを考える。好きになれば信じたい、信じたから好きになった。どちらも正解で、検証のしようがない。
 
人間関係において「騙す」のは不誠実なようだけど、恋した相手を独占するためについ「騙してしまう」、あえて「騙される」のではないか、そんな風にも思った。そういう意味で恋は共犯関係だ。 

                   
※『十年後の恋』文庫解説より抜粋。続きはぜひ本書でお読みください。



自分流×帝京大学

Posted by 中江 有里

中江 有里

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1973年大阪府生まれ。女優、作家、歌手。
著書に『万葉と沙羅』『水の月』『わたしたちの秘密』などがある。