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イタリア名門、ピエモンテワインが愛される訳 Posted on 2019/02/16 奥山 理恵 ワイン輸入・コーディネーター イタリア・ピエモンテ

私は、北イタリア、ピエモンテ州北部の農業地域で暮らし、家族経営のワイナリ-から日本に希少なワインを輸入する仕事をしています。1本のワインに造り手の人柄が反映された優しい味わい。それが地元の郷土料理と寄り添い、ピエモンテ州のワインのある風景、暮らしを鮮やかに映し出していていく。今まで私は、その食文化、暮らしや現地の空気を日本にそのまま伝えようとしてきてしまったかもしれません。けれども、1本のワインが造り手から離れ、輸入ワインとして日本の文化に入った時、それは、変化してまったく別のものとして生まれ変わっていってもいいのではないかと、いつしか思うようになりました。

昨年のある日、昭和の文人が通っていた東京のバーで過ごしました。私は、落ち着いたオレンジ色の明かりに照らされた木の温もりを感じるカウンターに置かれたワインボトルと深いルビー色に輝くワインのグラスを眺めていました。その時、そのワインの造り手である寡黙で謙虚、そして多くの困難に対する忍耐(Pazienza)を持ち合わせているフランチェスコ・ブリガッティが静かに何かを語りかけるような気がしてきたのです。
 

イタリア名門、ピエモンテワインが愛される訳

ピエモンテ州北部、オルタ湖、マッジョーレ湖と湖水地帯も近づくこのエリアにアルトピエモンテと呼ばれるワイン地域があります。左にイタリア・スイス国境にあるセージア川、右にミラノを州都とするロンバルディア州とピエモンテ州の境に流れるティチーノ川。モンテローザから流れる氷河によって形成されたモレーン(Morena:氷堆積)が小高い丘陵と森を分けています。フランチェスコがこのワインのラベルに“森の向こうに”と生産地ゲンメのブドウ畑のことを表現して記しているのは、この地形が背景にあります。

その森には、無数のノロジカが生息しています。特に降水量が少ない年には、のどが渇いた鹿たちが夜明け前にブドウを食べにやってくるのです。昨年の秋の初めに新聞の地方版にフランチェスコのブドウ畑の被害状況が掲載されていました。
その記事には、“鹿がブドウを食べてしまう、それは、決して童話の世界のことではないのです”と見出しがつけられていました。
 

イタリア名門、ピエモンテワインが愛される訳

ノヴァーラの丘のブドウ畑を歩く時、いつもフランチェスコは、ノロジカにまつわる様々なことを語ってくれます。
「秋の収穫前の早朝、霧の向こうに50頭近くのノロジカたちが森からブドウ畑にやってきた。その幻想的な光景にしばらく見とれていたよ。そして、ノロジカたちは、すぐ近くまでやってきて、その大きな目で僕を不思議そうな顔でじっと見つめていた。攻撃的なことは何もしないで、とても大人しかった」
そして、ある時、鹿を近づけないという特殊な匂いを放つ装置を、アメリカの通販で購入した時には、こんなことを語ってくれました。
「それは、まったく効果がなく、いつもと同じようにノロジカたちは、森からブドウ畑にやってきた。しかし匂いが染みついてしまった僕からノロジカではなく友達が遠ざかる結果になってしまったよ」
「ノロジカのためのブドウを森の入り口に植えたのだけれど、それには、ちっとも見向きをしてくれない。どうやら彼らは、ワイン用のブドウの方が好きなようだ。鹿のためのブドウは、結局、自分が食べることになるのさ」
「僕は、このブドウ畑で作業できることが何よりも幸せだ。森があって、そこに生息する動物たち、樹木、小麦畑やトウモロコシ畑、果物畑、養蜂の巣箱、あらゆる農業が混在する変化に富んだ風景の中にあるブドウ畑は、生物が様々な環境に適応し生態系ができているから、無農薬の畑であってもまったく問題がない」
 

イタリア名門、ピエモンテワインが愛される訳

私は、東京のバーの空間で、森の向こうに広がるブドウ畑を思い出しながら、ワインを飲んでいました。L字カウンターの奥には、シガーと合わせてカクテルを注文する男性客がひとりで座っていました。
それは、家族や友達とお料理に合わせてワインを選びAbbinamento(アッビナメント:pairing,組み合わせ)を考えて賑やかにワインを飲む、そんなイタリアのワイン産地での場面とは、大きく異なるのですが、こんな楽しみ方があってもいい。私は、数多くの物語を生みだしてきたであろうこの東京のバーの空間で、ワインが、活き活きと輝き、その生命を終えていくのをはっきりと見ることができたような気がしました。

<フランチェスコのワイン>
フランチェスコが造るこのワインは、無農薬の畑、天然酵母、無濾過。
ゲンメGHEMME “Oltre Il Bosco (森の向こうに)“ 品種;ネッビオーロ100%
コッリーネ・ノヴァレージ・ネッビオーロ: Colline Novaresi Nebbiolo“MotZiflon(鳥が歌う丘)”
品種:ネッビオーロ85%、ヴェスポリーナ10%、ウヴァ・ラーラ5%

このワインの造り手、フランチェスコ・ブリガッティは、ブドウの収穫時期以外は、たったひとりでブドウ畑から出荷まで行っています。ブドウ畑の総面積は、6.5ヘクタール。
スイス・アルプス山脈が近いこの冷涼な地域で栽培されているのは、白ワインになる綺麗な酸を持つエルバルーチェ(Erbaluce)、偉大なピエモンテのワインの品種であるネッビオーロ(Nebbiolo)、そしてノヴァーラ県の地場品種である黒コショウのアグレッシブな香りが特徴のヴェスポリーナ(Vespolina)と地元ノヴァーラ県でよく飲まれている品種ウヴァラ―ラ(Uva Rara)
 

イタリア名門、ピエモンテワインが愛される訳

Posted by 奥山 理恵

奥山 理恵

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2001年よりイタリア在住、ボローニャ、ヴェネツィア、ローマに滞在後、現在北イタリア ピエモンテ州北部ノヴァーラ県で暮らす。イタリアソムリエ協会ソムリエ資格、マスターコース修了。2008年、日本にワインを輸入するため株式会社Wine・Artを設立。ピエモンテワイン、イタリア食材の直輸入、ワイナリー訪問、農業視察や農業調査などイタリア現地コーディネート。