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アラフィフ、フランスで看護師を目指す! Posted on 2020/04/07 ロベール 隆美 保育士、看護学生 パリ

2007年、東京で出会った仏人夫との結婚を機にパリに移住。特に何もせず2年が経過した頃、私自身の未来に不安と焦りを強く感じ始め、足を運んでみたのが”職安”でした。そこで、ぶっきらぼうに案内されたのは、資格や仕事に関する資料の閲覧室。そこで、昔から子供好きだった私の目に留まったのが保育士(Auxiliaire de Puériculture)の資格でした。その瞬間、「これだ!」と思ったのです。




フランスで保育士の資格を取得するには、まず保育士養成学校への入学試験(筆記・口頭)があり、10ヶ月間の訓練(理論4ヶ月、実習6ヶ月)、8科目ある試験全てに合格しなければなりません。当時の私のフランス語レベルは到底入学試験に合格できるものでなく、まずは半年間予備校に通い、寝る間も惜しみながら、徹底的にフランス語を勉強しました。そして、無事に入学。訓練の間は、その何十倍も勉強し、実習では、産科、小児病院、PMI(母子保護医療センター)、保育園と、様々な国籍が混ざり合う現場で実践を積み、2011年7月、晴れて保育士資格を取得しました。すぐに私立の保育園で勤務をスタートしましたが、翌年に長女を妊娠、出産。育休の後は、育児をしながら仕事復帰をし、全て順調にコマを進めていたつもりでしたが、そこで、同僚によるパワーハラスメントを受けるようになりました。一時は退職しようかという時期もあったほど思い詰めました。だけど、フランス社会で働くには私自身が変わらなければならない、曖昧な言動、態度は自分を不利にする、強くならねば、と気づいたのです。それをキッカケに、たとえ拙い仏語であっても自分の意見はハッキリ伝える、NonならNon、納得行かないことは放置せず意思表示するよう、自分自身を変えました。涙を堪え、歯を食いしばって、相手に意見を伝えるようにしたのです。そんな私の変化に同僚たちは驚いていましたが、次第にそれが受け入れられ、私への接し方は一変しました。お互いをリスペクトし、コミュニケーション力を高めるようになったのです。その一件を乗り越え、私は保育のスペシャリストになるべく集中してここまで経験を重ねることができました。

アラフィフ、フランスで看護師を目指す!

だけど、娘が小学校に上がり、徐々に手がかからなくなってくると、「このまま、定年まで保育士を続けるのか?キャリアアップしたい」と自問するようになりました。そこで、次なる目標として選んだのが「看護師」です。勤務する保育園の園長が看護師資格を持っていたことや、ここ数年、日仏家族の不幸も重なり、医療従事者と接する機会が増えていた時期だったので、この目標にたどり着くまでには時間を要しませんでした。そうと決めたら、看護学校入学試験合格に向けて、またもや猛勉強の日々。保育士資格取得の時とは違って、年齢、仕事、家事、そして育児をしながらの試験勉強なので、体力的にも簡単なことではありません。家族との時間も大事にしたかったので、平日は娘を寝かしつけた後に夜中まで、週末は、夫と娘がプールや図書館に行っている間に勉強しました。入学試験が年に1回しかないので、ダメだったらこの挑戦はまた1年先送り・・・。プレッシャーと集中力との闘いで心身共に擦り切れていくのを感じていました。そんな時に支えになったのが、「きっと受かる」「良い看護師になれる」と応援してくれた家族、友人、同僚の存在。おかげで、「もうやり残したことはない」と思えるほどのコンディションで試験(筆記・口頭)に挑むことができました。

アラフィフ、フランスで看護師を目指す!

そして、2020年3月18日、フランスでコロナウィルス感染拡大防止の為の外出制限令が出された翌日、看護学校入学試験合格通知を手に入れることができたのです。今、連日ニュースでコロナと最前線で闘う医療従事者を目に、耳にするたびに、彼らの使命感と責任感に心を打たれます。コロナによる医療従事者の不足で看護学生に対してもボランティアの依頼(主に介護のヘルプ)がありましたが、「この戦場のように過酷な医療現場にすぐさま順応して、即戦力として従事できるか?」と想像した時、まだスタート地点にも立てていない自分へのもどかしさと、これから看護学生となる自分は、知識と技術の習得だけでなく、強靭な精神力と体力を養わなければならないということを実感しました。そして、それと同時に、自分が進もうとする道に迷いはないと再確認しています。

アラフィフ、フランスで看護師を目指す!

(看護学生ボランティアを募集するTwitter)

フランスの看護学校は3年。それに加え、私は小児看護専門看護師を目指しているので、さらに1年、小児専門学校の資格を取らなければなりません。ということは、卒業時には50歳。これから50歳になるまで、そして、50歳からの私の毎日はこれまで以上に大変な日々となるでしょう。だけど、不思議と、50歳だから無理かな? 手遅れかな? と思ったことはありません。フランスで暮らしはじめて、歳の離れた同僚や友人がたくさんでき、人間関係を築くのには人種や年齢は関係なく「ブレない自分」を持つことが一番大切だと気づかされたからかも知れません。体力が続く限り、体と心をサポートする看護という立場のもと、「人の命」と密接になる覚悟を持って、私はこれからも挑戦し続けるつもりです。

アラフィフ、フランスで看護師を目指す!



Posted by ロベール 隆美

ロベール 隆美

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2007年渡仏。2011年にフランス国家資格Auxiliaire de puéricultureを取得し、パリの保育園で勤務。
2020年9月からフランス看護学校へ進学。