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パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。 Posted on 2020/11/13 稲川 琢磨 WAKAZE パリ

最近、フランスではテロが続き、コロナ、再ロックダウンを巡っての人種差別問題があったり、本当に暗いニュースが多い。秋をスキップして早くも冬に突入し、日が短くなり、どんよりしたパリの気候がそうした陰鬱とした空気を助長しているように思う。
今、パリ郊外にある「WAKAZE」の蔵では2期目の酒造りを始めて、新酒が搾り終わったところだ。思えば、酒蔵をフランスの地で立ち上げた去年2019年から1年間、今のこの状況がまだよく思えるくらいに、色々なことがあった。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。



今から1年前の2019年11月18日、WAKAZEのフランスの蔵の準備がようやく整い、念願だった酒造りがスタートした。冬が到来して、早朝の水が手を突き刺すように冷たい中、「酒造りが出来ることの喜び」をかみしめ、米を洗った。昼過ぎに米が蒸し上がると、日本人ならきっと誰もが好きなご飯の香りが蔵中にふわっと充満した。この久々の感覚を味わいながら、慌ただしく酒造りを進めた。

フランスでの酒造りで難しかったのは、まずフランス、カマルグ産の米を使うことだった。日本のように酒用の精米機がないので、ほとんど磨かれていない(日本の吟醸酒などは50%ほど磨いている)状態で醸造するしかなかった。加えて、軟水が普通の日本に対しパリの水は超硬水なのだ。
磨いていない米と硬水となると、栄養が多すぎて酵母が活発になりすぎ、発酵をコントロールするのが難しかった。

設備としても、冷却器の導入が1年遅れたので、1期目は冷却器なしで醸造するしかなかった。すると、通常10度前後で発酵させるところ、酵母が暴れて30度近くにもなってしまうこともあった。気が付いたらタンクの中で物凄い熱を発していたりして、日本では見たことの無いような状態になったりもした。仕方ないので大きなステンレス製の樽をタンクに吊るし、大量の氷を投入して冷やすという方法をとったのだが、これがまたものすごく重労働で体がバキバキになった・・・。

そんな中、出来上がった最初のSAKEを仲間と一緒に飲んだ時は、「これならきっとフランスでも認められるSAKEになる!」と感動し、お客さんの手元に届けるのが楽しみでしょうがなかった。
美味しいSAKEができ、それまでの苦労が吹っ飛んでしまうくらい、本当にうれしくて、メンバー皆の顔にも安堵の表情が浮かんでいた。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

年が明けて販売を開始すると、パリでは多くの飲食店さんに引き合いを頂き、順調な滑り出しだった。ところが、3月に入り、フランスはいきなりの全土ロックダウン。売上がゼロになってしまって頭が真っ白になった・・・。きっとフランスに住む人誰もが感じたように、いきなり来た敵に襲われたような恐怖でいっぱいだった。

それでも、オンラインでの購入を希望されるフランス人やヨーロッパに住む日本人のお客様のために酒造りは続けなければならない。ロックダウン後、一時は休業寸前まで追い込まれたが、メンバーを数名だけ蔵に残し、細々と身を寄せ合うようにして酒造りを続けた。

その後、幸運なことにオンラインを中心に徐々に需要が戻ってきはじめ、夏前にはメンバー全員でまた酒造りが出来るようになった。久々に会ったメンバーの皆は、あれだけ大変な期間を経験しながらも、その目に「また美味しいお酒を造って届けたい」という熱い思いが満ち溢れていて、とても心強かった。

蔵の日常が戻ってきた。朝はみんなでラジオ体操から始まり、「おはよう」「ありがとう」「お疲れ様でした!」と元気な声と、冗談と笑い声がこだまするこの蔵の明るい雰囲気が本当に好きだ。

“和醸良酒”という言葉がある。仲が良いチームで醸す酒は、良いお酒になる、という意味だ。この蔵は、良いお酒が生まれるような雰囲気を持っているように思う。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

WAKAZEは代表の私、稲川と、杜氏の今井の2人で数年前、まだ20代だった頃に始めた会社だ。始めたばかりの時は周りから「フランスで酒造りなんて、ましてやそんな若くて無理だ」と事あるごとに言われたものだ。でも同い年の2人は「できないことは何もない」という強い想いで励まし合い、時にぶつかり合い、一緒に造ったお酒に感動し肩をたたき合ってきた。多くの人の支えもあり、なんとかフランスにたどり着き、蔵を立ち上げることが出来たのだ。

それから、僕たちは仲間に恵まれ、沢山の危機を何度も乗り越えてここまで来れた。コロナなんかに負けない、どんなことがあっても夢を叶える、という強い意志をWAKAZEチームから感じる。それは創業の時から変わらない2人の不屈の精神と、「日本酒を世界酒にする」という強いビジョンがチームにも浸透しているからだと思う。“ものを造ること”に対するプライドと、“世界の人に最高のSAKEを届ける”という情熱がチームの大きな推進力となっているのだと思う。

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そして、2期目の酒造りをスタートさせた。
今期の酒造りでは、1期目からやってきた白麹(通常は黄麹)を使うことで欧州の食事に合うスッキリした酸味を出す工夫をしつつ、「甘すぎない酒が欲しい」というお客様の声に応えるためにキレのある味わいに仕上げた。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

穀物感が強くなり過ぎないよう、カマルグのお米工場に掛け合い、少しだけ多く米を磨いてもらったことで、よりフルーティで果実感のある味わいになったと思う。フランスに住む人たちに、「SAKEってこんなに美味しんだ!」と感動してもらえるような、そんなお酒を目指して造った。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

(左が 1 期目、右が 2 期目の SAKE)

 
今期にもう1つ変えたことが、出荷のプロセスだ。私と今井がフランスでSAKEを造れる! と思うようになった原点の1つにノルウェー人シェティル・ジキウンとの出会いがある。 5年前、彼は、ノルウェーのビール工場の片隅で欧州で初のSAKEを「裸島」というブランドで小規模に醸造していた。こんなところで作れるなら、きっと俺たちも! と今井と語り合ったのをよく覚えている。

そして、この夏、今はギリシャでクラフトビールを造るシェティルに会いに行った。彼は「顧客のために最高のビールを作りたかったのに、いつの間にか皆がお金や規模ばかりを追求して品質をないがしろにした」と、ノルウェーで創業したビール会社を去ったのだった。
「だから自分は全てを捨ててでもギリシャに来て、クレタ島の人に最高のビールを造る。自分は5万円の小さな中古車に乗る生活でいい。最高の設備や原料への投資を惜しまない」と続けた彼の言葉には感動し涙してしまった。
そして彼から、「A chain is only as strong as its weakest link」という言葉を授かった。
“鎖の強さは一番弱いつなぎ目で決まる”、すなわち、一つでも弱いところがあると全体が弱くなってしまう、という意味だ。シェティルはビールづくりに加え、顧客が飲むその瞬間までを大切に、瓶詰めから冷蔵保管設備まで、様々なことに投資をしていた。

そんな話を聞いて、フランスに戻ってすぐに設備調達や出荷プロセスの改革をし、酒造りのみならず出荷してお客さまに届くその瞬間まで最高品質を保てるようにチームと準備を進めてきた。出来上がった2期目のSAKEをギリシャに居るシェティルに送って、テイスティングのコメントを貰うのがとても楽しみだ。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

正直、フランスに来てからというもの、日本にいた時より圧倒的に苦労は多い。なぜこんなに頑張ろうと思えるのか? といえば、やっぱりお客さまから掛けてもらう「めげずに、このヨーロッパの地で日本人として頑張って!」という言葉に支えられているからだ。そのおかげで、メンバーが「最高品質のSAKEを欧州で届けよう」と一丸となってやってこれた。
辻さんが蔵に来て下さり、「頑張ってるね」と声をかけてくれたことも、とても励みになっている。

パリでの酒造りは止まらない、2 度目のロックダウン下でも。

長らく在庫が無い状態が続いていて、ようやっと最近クラウドファンディングを開始し、多くの方に支援していただくことができた。そして、いよいよ11月末からまたお酒を発売できる!

今一番ワクワクしている新しい試みは、発酵中にアルザスの赤ワイン葡萄と白ワイン葡萄をそれぞれ入れて造ったSAKE。発案者は造り手のマリコとジョージの2人で、朝4時起きで日帰り(片道約3時間)でアルザスに行って葡萄を収穫して持って帰ってくるというクレイジーさ。日本では酒税法で許されない醸造方法を、このフランスの地でテロワール(土地の地理、地勢、気候など)を活かしながら、既存の概念や縛りにとらわれないWAKAZEの造り手たちが、自由に造って新しい世界を創造していく。

フランスで酒造りをするとこんな困難が待ち受けていると知っていたら、きっと一歩前に踏み出すことができなかっただろう。無知であること、無謀であることは「1つコトを成す」ためにとても大事なことなんだと思う。WAKAZEのチャレンジするカルチャーをこれからも大切にしながら、新しいことにどんどん挑戦し、お客さんから「そんなことやっちゃうの?」とドキドキさせられるような発酵ギーク集団でありたい。

パリはまたコロナで再ロックダウンしてしまったけども、WAKAZE の KURA GRAND PARIS では2期目の酒造りが続いている。この大変な時期に、少しでも笑顔が生まれるように、最高の SAKEを造って届けていきたい。必要とする人がいる限り、届けたい人がいる限り、WAKAZEの酒造りは止まらない。ワクワクするSAKEをこれからも醸し続けていきたい。

WAKAZE
https://www.wakaze-sake.com/

WAKAZEインタビュー記事はこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/special/interview-wakaze/

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Posted by 稲川 琢磨

稲川 琢磨

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慶應義塾大学修士課程修了後、外資系戦略コンサルタントとしてBonston Consulting Groupに勤務、その後「日本酒を世界酒に」というビジョンでWAKAZEを日本で創業。2019年にWAKAZE FRANCEを設立しパリ郊外にて酒蔵を立ち上げ。1児の父、今はフランスと日本の2拠点を行き来しながら経営。