ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「ゲラとはなんですか? 小説の裏方」 Posted on 2026/04/16 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さて、相談窓口の開店時間です。
今日はちょっと面白い質問が届いています。
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匿名希望Cさん
「辻さん、いつも楽しく拝見させて頂いています。今は小説の直しをしていると最近は書かれていますが、そもそも素人には、校正と校閲の違いがぜんぜんわかりません。また、なぜ、そこまでやる必要があるのかも、素人だとよくわからないんです。あと、ゲラっていうのをよく辻さんおっしゃいますが、ゲラの正確な意味、どういうものか、おしえてください」

おこたえしまーす。
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「まず、ゲラについて、最初にお話ししましょうかね。書籍だけじゃなく、雑誌の原稿なんかも、印刷前に確認するための試し刷りみたいなものを「ゲラ」と言いますが、昔は、ぼくが作家になったばかりの頃はまだ、活版印刷が主流だったので、活字文字版があって、それを一字一字組み込んで、印刷をしていたんです。一度、実物を見たことありますが、文字版を木枠にはめ込んで、いわゆる、文章を組んでいく人がいて、そりゃあ、気が遠くなるような作業の先にこそ、出版があったんですね。で、いきなり世に出すわけにはいきませんからね、仮で組んだものを一度試し刷りして、印字したものをゲラと呼んでいました。
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ゲラに編集者がペンをいれて、(よく赤ペンをいれる、というやつですね。実際は鉛筆です)作家と一緒に、内容やレイアウトを最終チェックしていました。ぼくは今、鯉沼さん(担当編集者さん、拙著『日付変更線』の育ての親)と校正、校閲の方が問題個所を出してきた鉛筆入りのゲラをチェックして、それを作家であるぼくが最終判断をしている状況で、これは、初稿、第二稿、場合によっては、念稿までやります。ま、ぼくの場合は、だいたい、最後までやりますね。でも、時代がかわり、新聞社なんかでも、ネットの時代になって、そのまま、(たぶん、粗いチェック程度で)配信されるようなものが多くなり、大手新聞社でも、誤字脱字あります。デザインストーリーズも編集者が校正をやるので、ミスは多いです。そういう時代なんですよね。昔の新聞なんかで、ミスがあったら、大変でしたが、今は、大手新聞社の記事のタイトルのミスなんかも普通にある世の中ですから、ほんとに、35年前では信じられない、状況です。でも、小説の世界は、やっぱり、いまだちゃんと、校正、校閲が機能しています。集英社は偉いです。推薦しますよ、若手作家の皆さん。
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ぼくの新作「泡」はネットゲリラ連載だったので、校正なんか入っていません。自分で毎回チェックをしてました。ですから、そのままデータ化され、集英社さんに送られまして、担当の鯉沼さんが、1月、2月、3月と時間をかけて、校正、校閲の方々と、問題点を精査し、ゲラに書き込んでこられたのです。それをぼくは今、ノルマンディのアトリエで、しっかり、チェックしています。凄いでしょ? いや、これが当たり前なんですよ。時代のせいにしちゃいけません。集英社くらいになると、校閲部、という部署があり、めっちゃ編集経験豊富な方々が、文字と毎日向き合ってくださっています。外部発注もあります。一冊の小説に、2,3人か、それ以上の方々がチェックをするのが、普通だったりします。もちろん、出版社によりますよ。その部署さえないところもあるので、一概には言えませんが・・・。集英社でぼくが本を出すのは、たぶん、日本で、トップクラスの校閲の力があるからだ、と思っているからです。それでも、漏れることもあり、そういうのは、文庫化の時にさらに新たな校閲が入ります。すさまじい世界なんです。
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ちなみに、校正と校閲の違いについて、簡単に説明しておきますね。校正というのはですね、文字の修正作業をさします。例えば、誤字・脱字とか、そもそも、日本語として間違った使われ方をしている単純なミスの場合、あと、ぼくがよく書いていますが、語句の統一とかです。大まかに言えば、表記のミスとかを確認することを校正というんです。逆に、校閲というのは内容にぐぐぐっと踏み込んだものです。内容に矛盾とか、繋がりとか、事実関係がおかしくないか、とか、・・・。校閲次第で、小説そのものが変わる可能性もあるんです。校正は表記だけど、校閲は内容だから、そもそも、この時間軸だとおかしくないか、と指摘され、書き直しをする場合も、あり得る話なんですよ。小説「泡」は精神世界のずれ違和感をモチーフにしているので、矛盾が起きてないか、かなり厳しく校閲が目を光らせておられます。ドキドキしていましたし、集英社の校閲が入るなら、出版できるな、とも思っていました。ということで、校閲の役割はかなり重要で、集英社さんの校閲部は素晴らしいです。今回は、鯉沼さんが依頼した人たちがこれまた素晴らしく、細かいところまで「時間軸の僅かな歪み、誤差まで」ばしっと出ておりました。作家は、だからといって、校閲に全部従えばいいというわけじゃないんですよ。それは、作品、ですからね。矛盾していても、作品が立っていれば、問題はありません、とぼくは思って36年もやってきました、ある種、命がけの仕事なんです。今回の新作「泡」は、時間軸の戦い、心の入れ替わりなど、複数人格の物語なので、そこのミスを指摘されたら、書き直しかな、と思っていましたが、いまのところ、セーフ、でした。ぼくも連載中盤に細かな時間軸表を組み立てたので、笑、いけましたね。こういう大作に構造のミスは許されません。読者に、嘘や、と思わせたら作家の負け、なるほど、そうなるんかい、驚いたわ、と唸らせられたら、ま、勝ち・・・。あはは。ですから、校閲、編集者は最初の厳しい読者になるわけです。現在、突破中です。
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おわかりいただけましたかな? あと、10日ほどで、ゲラの第一回目の直しが終わりまして、集英社に戻し、彼らは再校へと進みます。ぼくはそれをもう一度チェックし、最後に念稿後、鯉沼さんが印刷会社にデータを持ち込み?、流し込んで、印刷がスタートする、という流れ、かな。日本文学は世界的にみても、最高水準を維持していると思いますよ。フランスにいるぼくが思うのだから、あながち、間違えてないと思います。皆さん、日本語を大切にしましょう。えいえいおー」
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(本文中の誤字脱字は、配信エッセイで、しかも、老境作家の責任ですので、お許しください)

近況のようなもの。
その小説「泡」ですが、300ページくらいあります。9月4日に発売予定だそうです。表紙は、夏の個展に出展する「泡、1」「泡、2」のどちらかになります。想定家を決めるのは編集者の仕事で、作家は、従います。タイトルも昔の編集者はけっこう独断で変えておりました。ぼくは命がけで抵抗をしたので、セーフ。装丁は、拙著「日付変更線」を担当した鈴木久美さんになりました。よろしくお願いします。


