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自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」 Posted on 2023/12/19 辻 仁成 作家 パリ

人を好きになるのは人間の専売特許だが、好きになることがぼくら人間を苦しめたりもする。
勝手に一人で好きになるだけで満足できるのであればいいのだが、相手があることなので、なかなか、思うようにはいかないものだ。
そのおかげで、ぼくは、恋愛小説なんかを、いくつか書かせてもらった。

恋愛には必ず相手が登場するので、相手も人間だから、人間関係の難しさに悩むことになる。
まず、はっきりと言えることは、愛情を注いでも何も戻って来ない相手というのは、間違いなくあなたのことが眼中にない人なのだから、どんなに愛を傾けても、戻ってこない可能性の方が高い、ということなので、たぶんボロボロになる前に、離れた方がいい。
あなたのことが眼中にない人に振りまわされて、人生を台無しにしてはいけない。

片思いでいいんです、というのであれば別かもしれない。
ちなみにぼくは、たとえば息子などには「無償の愛」と決めているので、これはこれで、気楽である。
人間は、最後は「無償の愛」が一番だ。
江國香織さんとの共著、「恋するために生まれた」の中で、ぼくは「無償の愛」が一番だ、とかつて、偉そうに語ったことがあった。
多大なボロボロ期間を潜り抜け、還暦を過ぎたぼくはもう一度言いたい。やっぱり、「無償の愛」がいい。
誰かを好きなのであれば、そして、好きでい続けたいのであれば、無償の愛、なのだ、と自分に言い聞かせて生きるのが楽だ。

愛というのは、恐ろしいものも含んでおり、一筋縄ではいかない。
ともかく、愛の錯覚、つまり、人間というのは見返りが欲しい。
自分があげたものに負けない何かお返しがほしい。
これをしてあげます、と人が言う時は、見合うものが欲しいということだと理解しておけばいい。
思いをあげるから、見合う思いがほしい。それを間違えて「愛」と定義してしまうからややこしい。
片思いでいいんです、というのなら何も問題は生じないのだ。
私のは「無償の愛」です、と覚悟しているのであれば、もっと問題がない。

自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」



むしろ、片思いって素晴らしいと思う。
執着もないので、広い愛を感じる。
片思いが出来る人が羨ましいと思うことさえある。
人間はモノじゃないので、誰かを支配、所有することは出来ない。
支配した気になってる人もいるけど、これは大いなる勘違いなのである。

でも、夫婦だったり、恋人と決めつけている関係の場合、双方向じゃないとだめだとなってしまうのが厄介なのだ。
人間、みんな個体差があるので、愛し方も、愛の持続の仕方も、愛の温度差も、愛の距離感も、ばらばらで同じ人なんかいないのだから。
「私がこんなに愛しているのに」と言いたくなるのはわかるけど、自分が思い続けているほどに、相手が思い続けているとは限らない。
この損得の関係を相手に強制してしまいたくなるのもわからないではないけれど、その時に、何も跳ね返ってこないのであれば、諦めた方がいい。
これを続けると人間が壊れてしまう。「お前のことこんなに思ってるのに!」というのは悲しい結末を生んでしまう。
「無償の愛」でいいじゃないか、と自分をいさめよう。
それが一番長続きする、想い、ということになる。

自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」



『冷静と情熱のあいだ』という小説のタイトルは、まさに、愛の難しさの普遍性を言い当てている気がする。我ながら・・・。
人間はみんなこの二つの感情のあいだでバランスを保っているのだと思う。
苦しくなってしまうのはどっちかに気持ちが大きく傾いてしまうからであろう。
人間はきっと綱渡りをしているのだ。
こっちの岸からあっちの岸までぴんと張られた一本のタイトロープの上を。そう、みんな、毎日、バランスを取りながらタイトロープ・ダンシングをしているのだと思う。
大事なことは壊れずに渡り切ることである。
渡り切るまでが一生なのかもしれない。
その時、すぐ隣のロープを渡っていた人がいたのであれば、その人に励まされて渡り切ることが出来たのであれば、それを愛と呼べばいいのじゃないか、と思う。
気づくか気づかないかは、あなた次第かもしれない。
ぼくなんか、恋が怖くて、二度と、「恋するために生まれた」とか言わない自信がある。言えない自信もある。
でも、愛は、とくに無償の愛であれば、失いたくないなァ、と思う。それは、優しさなのだ。

自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」



ぼくは日本を離れて、20年以上が過ぎたので、最近、知ったのだが、「推し活」というのが、日本の一部のマダムのあいだではやっている、のだそうだ。ですか?
それは、ある意味、無償の愛、なんだろうなァ、と思う。
無償の愛だが、もしかすると、共時性を含んでおり、片思いではなく、巨大な双方向の愛なのかもしれない。
遠くから、その人の幸せを願って、応援をするのと、ぼくが息子のことを心配して生きるのと何が違うのだろう。
人間は大きな意味で愛のある生き物であって、ほしい。
このような戦争の時代だからこそ、人間はいま、愛を失わないための、瀬戸際に立たされているのだと思う。

自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」

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自分流塾「今、愛で苦しんでいるあなたに。かつて、愛で苦しんだ父ちゃんからのアドバイス」

TSUJI VILLE

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。