日々のことば
自分流・日々のことば「沈黙」 Posted on 2025/06/20 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
昔のぼくの話です。
論破するのが大好きで、ともかく、ああ言えばこう言う、状態になり、議論を好んで仲間たちとがんがんやっておりました。
口から生まれたのじゃないかと思うほど、相手を言いくるめるのが得意でして、ま、勝った気でおったわけです。
若いということもあったと思います。
ところがある時、ぼくの前に仙人のような人が現れたのです。
その人はじっとぼくを見つめてから、こう言いました。
「黙っておれば、勝てるのに、言い訳をするものだから、お前は自分にすでに負けている」
☆
雑音ばかりの世界でしたが、この仙人のことばが響いているあいだ、不思議なことに、世界は無音になりました。
「どういう意味ですか?」
と訊き返すと、仙人は言いました。
「言葉で相手を言いくるめようとすることで、お前は、自分を安っぽく見せている。言葉で相手を論破できた気になっておるが、それは真実じゃない。揚げ足取りをしているだけで、本質で勝つことが出来ないばかりか、自分が生きてきた道のりを侮辱してしまっている。もしも、お前が黙っておれば、お前の株は上がるのに、もったいない。反論をしたいだろうが、反論をするということは、その土俵におりるということだ。一生懸命生きている自信があるならば、泰然と構えておけばよい。世の中が判断をするのに、お前は、説明をし過ぎるから、自分が下がって、見苦しいのだ」
驚きました。その通りだ、と気が付いたのです。
この仙人は時々、ぼくの前にやってきて、こういうことを言う人でした。
20代の前半にも、渋谷のパルコの前で呼び止められ、
「誰にも支配されない人間になれ」
と言われたことがありました。
あはは。
幻でしょうか・・・。いいえ、こだまです。
ということで、仙人の教えですから、ぼくはある時から、議論をしない人間になりました。
もちろん、おしゃべり体質は生まれつきですから、よくしゃべっておりますが、議論を吹っ掛けられた時は、無用な争いに巻き込まれないよう、黙ることにしています。
今は、作品作りに没頭をし、作品がぼくのかわりに雄弁になる時期でもありますから、ぼくは黙っていた方がかっこいいんだと思うことにしています。
不思議なことに、黙ることを覚えてから、議論をふっかけられることもめったにありません。
時々、ゴシップの対象になり、下世話な週刊誌などにも載りますが、ぼくは特に反論もしません。
Xとかでも、一切しません。
でも、そうしていると、だいたいは、こちらが思っていることを周囲は理解してくださるわけです。
ことわざに、
「沈黙は金雄弁は銀」
というのがありますね。
沈黙というのは、武術の真空投げのようなもので、相手にふれることもなく、ぶっとばせる、実に強い技なのです。
コツコツ、コツコツとやっている人間に、雄弁は叶わないということだと思います。
はい、ということで、口にチャック、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「沈黙は金雄弁は銀」
今日のごはん。
「中華風蒸し魚」
フランスは猛暑です。日本はきっともっと暑いんでしょうなー。7月、日本だから、体力が続くか、ちょっと、心配だわ。笑。
posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。