日々のことば

自分流・日々のことば「やる」 Posted on 2025/06/23 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
先日、友人たちと、男ばかり4人で、飲んだんです。
ぼくの飲み仲間の野本さん、事務所関係のYさん、そして、28歳の青年、&、ぼくという布陣です。
この28歳の青年は、東大を出て、一流企業で現在働いております。
それはそれは日本を代表するような大企業、つまり、将来を約束されたような人物なのです。
なぜ、ここにいるのか、と申しますと、この青年、作家になりたい、ということでわざわざぼくに会いに来た、という次第です。(その日に、パリに到着でした)

作家になりたい、というので、一応、ぼくはこういうことを、厳しく、言いました。
「作家なんて、儲からない仕事だし、地味だし、まず精神を病むし、家庭崩壊を招くし、その上、本は売れないし、けっこう文壇は意地悪だから、やめた方がいいよ」
だって、超大企業のエリートですよ! なんで、そんな世界にわざわざ行く必要があるのか、と言いました。
何か、文学賞とかで候補になったことがあるのか、と聞きましたところ、まだです、これから、と言うのです。
あの、個人的にはすごく嬉しかったんです。
こんな時代に文学を目指すこんな真面目な青年が日本にいたんだ、と思えたわけですから。ね、すごくないですか?
でも、現実はそう簡単じゃありません。
「どんな小説家になりたいの?」
「純文学です」
来た~、ますます、あかん。
「ああ、じゃあ、芥川賞とか狙うのかな?」
「はい、そうです」
来た~、狭き門!
なるほど、でも、東大を出ているし、すごいところで働いているのだから、出来そうな気もします。
でも、ぼくは言いました。
「作家の原稿料はいくらか知っている? マジで、お金にならないんだよ。ボーナスもないし」
ぼくが作家になったばかりの時の文芸誌の原稿用紙一枚の原稿料は3500円でした。あ、3000円だったかな・・・。
それから10年ほど経って、4000円になり、今は、文芸誌では書かないので、知りませんが、そんなものです。

その青年、すでに既婚者らしく、ますます、・・・。
今の会社は大企業だから、住むところがついて、毎月、数十万円もらえるのだとか、やめとけー。
やめとけー、作家なんか、やめなはれー!
ですよね。あはは。
ぼくは「やめとこう」と繰り返し説得し続けました。
そして、どんなに作家の世界が過酷か、説明をしました。ぼくが作家になったばかりの頃は、まだ、本が売れる時代、でしたからね、・・・まだしも、今は、ぜんぜん、売れませんし・・・。
「それでもいいんです。文学をやりたい」
おおお、来た~。
青年は本気のようでした。
うううむ。

自分流・日々のことば「やる」



辻仁成 Art Gallery

ぼくのような者のところにも、弟子になりたい、と言うてやってくる人がたまにいます。
事務所の長谷川さんもその一人ですが、彼は翻訳業で喰っていくことが出来ます。だから、夢の一つが小説を書くことなのです。
そういう目標ならいいですが、青年は、本業にしたいのだとか・・・。
やめとけー!
ぼくはまよわず、「やめときましょう。絶対に無理です」と言うようにしています。
ただ、これは、じゃっかん、真実ではありません。

まず、絶対やめたくなるような情報を包み隠さず、伝えることにしているということです。
「ああ、それは素晴らしい。どんどんやりなさい。会社くらいやめて書かないと本物にはならないから、会社を今すぐやめなさい」
という作家の先生もいるかもしれません。
でも、ぼくは逃げ出したくなるような苦しい逸話ばかり、お話をし、相手のやる気を削ぐようにしむけます。
なぜか?
それでも、作家を目指す人しか、作家なんかにはなれないから、なんです。
「やればできる」
ということばがありますね。
あれの本当の意味、ご存じですか?
つまり、「やらなければできない」なんです。
やらないから、出来ない。
それが普通なんです。
だからぼくは28歳の青年を脅かしました。
それでもやるなら、出来るかもしれない。
最後は、本人がその覚悟でやるなら、出来るでしょう。やる気、100パーセントで、実際、1000パーセントで挑めば、彼は出来るかもしれません。
実は、人間が目標を達成できないのは、挫ける、からなんです。
ぼくはずっと、「やればできる」を信じていきました。口にするのと、信じるのは違います。
「やればできる」
28歳には、あと、こうも言いました。もし、芥川賞の候補になっても、辻仁成と知り合いだ、とは死んでも言うな!
来た~。あはは。
ぼくは文壇でものすごく嫌われていますから。
ですよね?
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。

今日のひとこと。
「青年よ大志を抱け」

自分流×帝京大学

今日のごはん
「子羊のロティ」
※ 近日中にレシピを出します。美味しくできたので!

自分流・日々のことば「やる」



自分流・日々のことば「やる」

父ちゃんからのもろもろお知らせ。
まずは、出版のお知らせです。
電子書籍の新刊「永遠者」が配信となりました。


https://amzn.asia/d/ahRCT0J

辻仁成のウェブ版美術サイトが更新されました。あらたにアーカイブギャラリーが増設されました。


https://tsuji-art.com/



7月9日から、三越日本橋本店、コンテンポラリーギャラリーでにて、「Le Visiteur TOKYO」展、開催。

7月23日から、岡山天満屋本店美術画廊にて、「Le Visiteur OKAYAMA」展、開催。

10月13日から、パリ、マレ地区にある画廊、20THORIGNYで2週間、「Le Visiteur PARIS」展、開催いたします。新境地を打ち出します。

2026年、1月中旬から、パリの日動画廊でも、グループ展に参加させて頂きます。

・日々のことばを、生放送ラジオで、ツジビルは毎月3回、オンエアー中。詳しくはこちらから、どうぞ~。

TSUJI VILLE



posted by 辻 仁成

辻 仁成

▷記事一覧

Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。