日々のことば
日々のことば「パン」 Posted on 2025/07/11 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
9日に初日をむかえました個展で、朝から晩まで立って、お客さんに絵の説明をしたり、美術関係者の方々にご挨拶をしたりしていたところ、明け方、うまれてはじめて「こむら返り」なるものを経験いたしました。笑&泣。
これは、足が攣るどころじゃなく、死ぬのか、と思うほどの激痛でして、・・・こむら返り、はじめてっだったこともあり、いったい何が起こったのか、と大変慌てた次第です。
調べたら、脱水状態にある時とか、ずっと立っていた後に起こるものらしいですね。思い当たります。
ずっと、立ってましたし、水さえ飲んでなかったのがいけなかった、ようです。
でも、制作に一年近い歳月を費やし、毎日、書き続けてきた作品たちが、白い壁にずらりと並んで、人々に迎えられるかどうかを待っている姿を見た時、親心と申しますか、何とも言えない感動に揺さぶられました。
その絵を説明してほしい、と言われ、描いた時の思いなどを話します。
「その日は、朝、ノルマンディの草原を走ったんですが、靄がかすかにかかっており、その向こうから開けてくる世界と、遠くに波の音が聞こえてきたりして、着想し、その世界を描いた」
とお伝えしたんですね。
その絵は、その後、その方に引き取られることになりました。
その朝のぼくが見た光景をその人が毎朝、これから眺めることになるのか、と思うと、嬉しくもなりますね。
☆
前にもお話しましたが、ぼくは自由業ですから、定期の給料があるわけじゃありません。ボーナスもないです。
まぁ、不安定ですね。
なので、こういう世界で自分は生きているのだろう、と思うんですが、絵を購入された方が「幸せです。この絵と出会えて」とおっしゃってくださったこの瞬間のために、描いてきたのかもしれません・・・。
ああ、なんだか、絵描きになったみたいな、ことを言うじゃないか、とおかしくもなりますねー。
つまり、ぼくは日銭を稼ぎながら、夢を食べて毎日生きている、特殊な人間なんです。
でも、やりたいことをやることが出来るので、人生には、満足をしています。
新約聖書に、
「人はパンのみにて生きるにあらず」
ということばがあります。
物質的な成果だけを人間は求めて生きているわけじゃなく、精神的な満足こそが、人間を人間らしくさせるもっとも大事なことなのだ、という教えですね。
Man shall not live by bread alone.
英語で書くとこうなるようです。
いいことばだな、と思います。
たしかに、パンもワインもチーズも食べたいですよ、それもちょっと高級なワイン、なんならば、シャンパーニュとかね、笑。
でも、それよりも、精神的な満足をえられなければ、ぼくのような人間は生きてはいけない、わけです。
バランスよく、その両者(物質面と精神面)を、バランスよく、持ち続けることが出来るともっといいよね、と思うこともあります。なかなか難しいですが、がんばろうかな。
去年、引退しましたが、音楽もそうでした。
詩や、小説も一緒です。
10年後、ぼくが何を創作しているか、今はわかりませんが、たぶん、生に浸り、生き倒してやろうと、わくわくしているはず。
なんとか、パンを買えるお金だけは稼ぎたいですね。
「人はパンのみにて生きるにあらず」
の、あとをぼくは考えます。
「しかし、パンもワインもチーズも大事だ」
明日も個展会場に行く予定です。行かない日もあります。
偶然、お会いできたなら、笑顔で!
会えなくても、ぼくの絵があなたを出迎えます。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「人はパンのみにて生きるにあらず」
今日のごはん。
「蛸ともずく酢」
posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。