日々のことば
日々のことば「穿つ」 Posted on 2025/07/21 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
今日、東京での個展最終日なのですが、ぼくの作品を選んでくださった男性の方から、お手紙を頂きました。
実は、この作品にはちょっとした歴史があり、と言いますのも、おそらく、2,3年の歳月が費やされており、その都度、春を2度は越え、手を加え続け、だから、(直しやすいように)ずっとぼくの家の壁にかかっていたのです。
絵の完成というのは、いつも、ここだと、筆が止まる瞬間に決まります。
不思議なことに、絵が教えてくれるんですよ。
「辻画人、もう、ええじゃろー、ここまでにしなはれ」
と、ね。
ところが、この絵は、季節がいくつか過ぎても、なんにも言ってこない。終わりの見えない絵でした。
それだけに、この絵がだれに引き取られるのか、そこが、ずっと、不安だったのです。(楽しみ、ということです)
☆
そして、今日、この絵を選んでくださった方からのものすごく長い手紙を受け取り、どうして、ぼくを知り、どうしてこの絵に出会ったのか、が、あかされたのでした。
その達筆な文面からすると、2年ほど前に、「ノルマンディ」のことを調べるためにネットで検索していたところ、ぼくがノルマンディにいることを知った、と冒頭に書かれてありました。
個展のことを知り、写真を見て、気になった・・・。
そして、画集「パリ情景」をお求めになられ、それをめくって、特に、その中にあった「金の扉」というシリーズに心惹かれたのだとか、・・・。おおお、
どうしても「金の扉」を観たい、という思いが膨らんだようです。
そこから、この個展につながり、画廊に入ったとたん、目に飛び込んできたのが、最新版の「金の扉」だった、というわけ。
この作品の正式な名称は、
「Mots d’aujourd ‘hui 1 今となる響き」
でした。
仏語を直訳しますと、今日のことば、となります。このエッセイと一緒ですね。
そのお手紙には、この絵とぼくが向き合った時間をまるで見ていたかのような表現があり、何度読んでも、不思議な気持ちになるのでした。
実は、苦しい時期を乗り越えながら、ぼくは、黙々とこの子と向き合っていたのです。
人生いろいろとありますし、この絵も一筋縄ではいきませんでした。
どちらかというと小説を書くような感じに似ていたかもしれません。長編小説のような・・・。
毎日、朝起きてから、寝るまで、ずっとカンバスに向かっていたので、最近はことばも忘れがちで、・・・。
この「日々のことば」は、日本語を忘れないために、書かせて頂いている、という感じもします・・・。笑。
※ 作品はパリの屋根裏部屋で仕上げます。最初はノルマンディ、それから車で移送して、狭い階段をカンバス抱えながら、よっこらしょっと、8階にあるアジトまで運び、ここで、エッフェル塔を眺めながら、仕上げるって寸法です、・・・笑。
☆
逆に、下の動画の場所は、ノルマンディのアトリエです。廃工場をリノベーション工事して、ぐんと、引いて絵を眺めることが出来るようになっています。
さて、そのお手紙を読んだぼくは、努力が報われた、と思ったのでした。
ホッと胸をなでおろし、よし、と心の中で呟いたのです。
この心境をことばに当てはめると、
「雨垂れ石を穿つ」
(あまだれいしをうがつ)
になりますでしょうか。
☆
穿つということばはあまり普段使いません。
どういう意味か、ちょっと辞書で調べてみましょう。
1 穴をあける。掘る。また、突き通す。貫く。
2 押し分けて進む。通り抜けて行く。
3 人情の機微に巧みに触れる。物事の本質をうまく的確に言い表す。
4 袴(はかま)・履物などを身に着ける。履く。
5 新奇で凝ったことをする。
など、様々な意味が出てきます。いいことばですよね。ことばフェチとしてはたまりません。穿つ、・・・。
しかし、もっぱら、現代人が使う場合、1,になりますでしょうか。
「雨垂れ石を穿つ」
それほど力があるとも思えない天から降り注ぐ雨の水滴のような力でも、コツコツ、コツコツ、と長い時間、同じ場所に垂れ続けるならば、あの硬い石にさえ、穴をあけることができるんだ、ということわざです。
日々の努力、諦めずに続けていれば努力が報われる日がある、という意味でしょう。
作品はぼくの手を離れましたが、その人が絵を一生大事にしてくださる、とのこと。
嬉しかったです。
あの絵を描いていた時の自分を思い出します。
いつか、会える日が来るでしょうかね。
今回の個展の作品たちと会えるといいですよね。
今日で最後なので、ご来場された皆さんに、心から感謝を述べさせてください。
ありがとうございました。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「雨垂れ石を穿つ」
今日のごはん。
「味噌ラーメンと餃子」
☆
「Le Visiteur」展、
東京、本日、最終日です。三越日本橋本店、コンテンポラリーギャラリー。
岡山、7月23日から28日まで、岡山天満屋本店、美術画廊にて。
パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて。
問い合わせは、各画廊へお願いします。
☆
そして、毎月3回やっているラジオ・ツジビルはこちらから、です。どうぞ。
☟
posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。