日々のことば
日々のことば「嫌い」 Posted on 2025/08/03 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
日本での個展ツアーが終わり、パリに戻ってまいりました。
個展会場にお越しいただき、ありがとうございます。
日本に一か月間もいたせいで、パリに着いたとたん、なんか、ホッとした、というか、25年近くも生きているわけですから、そりゃあ、パリが、ある意味、地元なんでしょうね。
不思議なものでございます。
25年か、長かった・・・。
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ところで、これは日本でのことですが、最後の晩に、行きつけのバーで飲んでおりましたら、客と女将が面白いやりとりをはじめたのです。
客の男性がそこによくやってくる別の客の悪口というか、普段、感じていることを酒の勢いも手伝って、我慢せずに、吐き出したわけですね。
「俺はね、だいたい、あいつ嫌いなんだ」
みたいな、すると女将がすかさず、
「嫌いじゃないでしょ、苦手と言いましょう」
と訂正したんです。
すると、その客、笑顔になって、
「そうだね、苦手かな。ま、どうでもいいか」
と言い直しました。
その女将のひとことで、噴出していた怒りが和らぎ、話題もゴルフか何かにうつって、場が和んだ、という次第です。
これ、機転の利いたいいことばじゃないですか?
「嫌い」と断言してしまうより、やや、トーンを下げた「苦手」に変えるだけで、一方向へ向かっていたその男性客の怒りを鎮め、雰囲気を変えることに成功したわけですから、女将、素晴らしい。
実は、ぼくも同じような経験があって、その時も、誰かが、「苦手くらいがいいんじゃないですか」と言ったんですね。
「物は言いよう」
と申しますが、まさに、同じ「嫌い」でも、世間に向けて吐露する場合は「苦手」くらいにトーンを下げておくと、自分も救われるし、周囲の人たちに抑制の効いた人だな、と思われるという、特典。
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「嫌い」と言い切るのは「歯に衣着せぬ」言い方になり、ずけずけと言い過ぎてしまい、場合によっては取り返しがつかなくなってしまいかねないわけですが、
「物は言いよう」であれば、無難に着地できるわけで、これは、心がけておくと、敵を増やさずに済む処世術となります。
似たようなことばに、
「物も言いようで角が立つ」
というのもあります。
たいしたことじゃないので、話し方によって相手を傷つけたり、周辺に誤解を招く場合につかうことばですが、ま、いらぬ波風は立たせないに限りますな、はい、気を付けます。
ということで、ことばを選びながら、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「嫌いじゃないでしょ、苦手と言いましょう」
今日のごはん。
「キャベツとアンチョビのペペロンチーノ」
次の個展情報です。
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パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」開催します。
ぼくの美術サイトで、作品の紹介が出ていますので、ぜひ、チェックしてみてください。
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2026年、1月中旬から3月中旬まで、日動画廊パリにて、グループ展に参加します。秋頃に、詳細が決まります。
また、お知らせします。
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そして、毎月3回やっている人生を語り倒すラジオ・ツジビルはこちらから、です。どうぞ。
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。