自分流・日々のことば
日々のことば「夢」 Posted on 2025/08/05 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
日本からフランスに戻って、ジェットラグのせいもあるのでしょうか、とにかく、毎日、地球の反対側へ抜け出るような爆睡と千夜一夜物語のような終わりのない夢を繰り返し見ています。
疲れているのでしょうね。苦笑。
昨日、見た夢は、その前日に見た夢の続きでした。
しかも、眠ったその次の瞬間に、自分が昨日の続きの夢の中にいることに、夢の中にいながら、気が付いている次第です。
その夢の中でぼくは5万4600ユーロの現金を持っておりまして、何か、発明をしたらしくその報酬のようでした。
日本円にすると1000万円ほどの紙幣が目のまえにあるんですが、その夢を毎日見ているので、それが夢だとわかっているので、あまりうれしくない、というやたら現実的な夢。
その上、夢の中で、繰り返し目が覚めて、ほらね、とぼくは誰かに嘆くわけです。
「これ、夢だからね」
と・・・。
そのだれかは、ぼくが本当の人生でかかわった方々で、話が長くなりますが、夢は何らかの事件があって、その衝撃と共に、次々に醒めていくんですが、毎回、次の夢の中にいて、5万4600ユーロが手渡される、というわけです。
一昨日は、それを数十回も繰り返しました。危ない? 笑。
それとも、これは何かの前触れでしょうか?
☆
そして、今、この文章を書いているぼくが、思うことは、これもまた夢なのじゃないか、ということです。
ぼくらはみんな生きていると思っているわけですけれど、思えばいつか醒める夢の中にいると思うことはないですか?
ぼくは映画と小説で「醒めながら見る夢」というものを作ったことがあります。
目が覚めようとしている時の現実と夢のはざまにいるような状態を描いた作品です。
中国のことばに、
「一炊の夢」
がありますね、人生の栄枯盛衰の儚さを説いたことばです。
まさに、あれ、です。
まわりを振り返ってみてください。
まるで歴史絵巻のように様々な人が出現し、何かとんでもないことをしでかして、そしていなくなり、その繰り返し、・・・。
☆
昔、趙という国の都、邯鄲(かんたん)に、盧生(ろせい)という青年がいたんだそうです。
仙人のような偉い人から不思議な力を持つ枕を借りて眠ったんだそうです。
どうやら、それは「栄華を意のままにできる枕」なんだとか。
すると、盧生は、その夜、ものすごい夢を見ちゃうんですよね。
まるで韓国ドラマ、いや、もっと長大な物語、まさに千夜一夜物語のような、永遠に続くようなドラマ・・・。
夢の中で、盧生は、どんどん、立身出世を上り詰める、ものすごい人生を駆け抜けていきます。
大出世し富や権力を手に入れるのです。5万4600ユーロどころじゃないわけです。
天下をとるような大成功を夢の中で成し遂げるんですが、それは夢で、目覚めてみると炊きかけの粥だったか、栗だったかが、まだ鍋の中で煮えきっておらず、元の貧しい青年に戻るんですね。
永遠と思われた長大な出来事は、実は、短い時間に見た夢に過ぎなかった、というオチで、「一炊の夢」ということばがそこから生まれました。
諸行無常に通じますね。
別のことばで、「邯鄲の夢」とも言います。
盧生が儚い夢の中で、経験した、膨大な出来事、たとえば富や権力を手に入れたかと思いきや、再び貧しい青年に戻る没落は、人間の願望の儚さを見事に描いており、これは、現代にも通じる教訓でもあります。
「一炊の夢」。
さて、この文章を書いているぼくは、今も現在進行形の中で生きていますが、これも「一炊の夢」の中の出来事なのでしょうか?
毎日、ノルマンディの田舎で、絵を描いていたぼくは先月、日本橋の三越で個展を開かせて頂き、たくさんの方々とお会いし、興奮の連続だったわけです。
しかし、今、ぼくはまた、ノルマンディの草原に囲まれた静かなアトリエの片隅で、小犬を横にし、キャンバスに油絵具を叩きつけています。え、じゃあ、あれは、夢だったの?
ふと、手が止まるんです。
今夜も、またあの夢を見るのでしょうか?
いやいや、このぼくは、実際、生きているのでしょうか?
夢の中で生き続けている人たちはぼくに何を言いに来たのでしょう。
「一炊の夢」
なのだとしたら、苦しみや悲しみは、気にする必要もないのかもしれませんね。もちろん、喜びも成功も・・・。
毎日を丁寧に生きる、目の前のことに集中する。
一喜一憂しないで、たんたんと、人生をこなしていく。
嬉しい時には笑い、悲しい時には泣いてください。
でも、今のご自分を大事にするとき、一炊の夢も幸福に変わるのだと思うのです。
長くなりました。今日もできるかぎり精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「一炊の夢」
「なんちゃって」と呟き、自撮りをして、再び怖い顔に戻って、絵に戻る、画人辻老。絵を描くことは写経のようである。
今日のごはん。
「ポーク・ラッケ」
個展情報
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パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」開催します。ピカソもぶっ飛ばす勢いです。
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2026年、1月中旬から3月中旬まで、日動画廊パリにて、グループ展に参加します。秋頃に、詳細が決まります。
また、お知らせします。
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そして、毎月3回やっている人生を語り倒すラジオ・ツジビルはこちらから、です。どうぞ。
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。