自分流・日々のことば
日々のことば「前向き」 Posted on 2025/08/07 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
ぼくの年下の友人S君に、日本滞在中に、泣きつかれました。
「辻さん、十年も会社をやっていますが、正直、どんどん苦しくなっていきます。この先、開けるでしょうか?」
S君、とにかくガッツがあるんです。
本当に、彼が成功しないで誰が成功するんだ、と思うくらいの頑張り屋さんなんです。
でも、弱点もあります。真面目過ぎるんです。
☆
「猪突猛進」ということばをそのまま地で行く男なのですが、どうやら、十年頑張ってきた会社が思うようにならない、みたいで、今まで見たことがないような「魂の抜けた」顔をしておりました。
これはいけない、と思ったぼくは、彼と向き合い、様々なアドバイスを試みますが、俯いた顔はなかなか輝きを取り戻せません。
とはいえ、ぼくは経営の素人ですから、どうやったら彼の会社が上向きになるのか、そもそも、わかりません。
でも、彼に残されたものは、「持ち前のガッツ」だけだったのです。
むしろ、ガッツがある、いいじゃないですか。
それがあるとないじゃ、ぜんぜん違うんですよ、S君!
☆
「その腕時計、外しなさいよ」
とぼくは言ってみました。
「え? なんでですか?」
とS君が驚いた顔で、ぼくを見つめます。
「今まで十年もうまくいかなかったんだから、その固定概念を捨てるという意味で、腕時計を外してみたら、と言ったんだ。出来るかな?」
S君は躊躇っていました。
そりゃあ、そうですよね。時計外すくらいで成功するなら、誰だって出来るじゃん、ですわ。あはは。
「ぼくが思うに、君には人一倍ガッツがある。でも、なぜか十年もうまくいかなかった。それはなんでかな?」
「それがわかったら、苦労しません・・・・」
再び俯くS君。納得がいかないようでした。
「人間を構成するものは、すべて固定概念なんだよ。その固定概念が邪魔をする。限界をつくったり、死にたくなったり、自分だけ負けてる、という不安。でも、ぼくは君はいいところまで来ていると思うよ。あと一歩のところにいるんじゃないか。なのに、その一線を突破できない。それは、もしかしたら、君がまじめすぎて、飛び越えることが出来ない壁にぶつかっているから。その壁が何か、わかる?」
「いいえ」
「それは見えない囲いを自ら作り出してしまっているからじゃないか。限界を可視化しているんだ。じゃあ、それを引き起こす一番の敵は何か? それは概念なんだよ。時間が一番わかりやすい概念かもね」
「・・・」
「もしも、君が時間を無限に操ることが出来たら、今よりも何倍も効率的な仕事が出来て、それだけの結果を残せるんじゃない? でも、君はもう無理だと思う概念の中にいるから、出来ない。その囲いを壊さないとならない。何かやる必要がある」
「それはなんですか?」
「たとえば腕時計を外してみることだ」
「・・・」
「そんなくだらないアクションが、実は、君の一日に変化を与えるんだよ。無限を手に入れるために有限を捨てる」
沈黙がしばらくありました。そして、S君は、ぼくの目の前で腕時計を外したんです。
どう思います?
くだらないことだと思いますか?
一日が24時間しかないと思えば、出来ることも出来なくなりますからね。
でも、無限を手に入れたら、いくらでも出来るようになるわけです。前を向くしかない。
時間がない、もう駄目だ、諦めるしかない、という時にぼくは「あくまでもポジティブ」と自分に言い聞かせていました。
どんな状況下であろうと、常に前向きでいたい、と思う時に、「あくまでもポジティブ」と唱えていました。
S君に、ぼくはこのことを伝えたのです。
時間から解放されたら、何でもできるじゃん。
無限にやることが出来るんだよ。
あくまでもポジティブでいることが可能なんだ。
弱音を吐いている暇もなくなる。
腕時計を外すことは、単なるアクションで、そのかっこいい腕時計はしばらく机の引き出しにでも放り込んでいればいい。
調子が出たら、また、はめればいいじゃん。
「なるほど」
S君、笑顔になりました。
「その腕時計を外す、普段、必死につけていた腕時計から離れる。何かが変わるきっかけになるかもしれない。なんでもいい。いつもと違う道を歩くことや、習慣を変える。ただ、前向きのイメージだけを大切にする。必ずやれると思うことが今の君には大事なんだから」
あくまでもポジティブ、どこまでもポジティブ、とことんポジティブ、徹底的にポジティブ、でいこうよ。
苦しい時にこそ、「あくまでもポジティブ」と唱えてみてください。
ほら、他をさておいて、今やらないとならない未来が見えてきたんじゃない?
前に向かう気持ちがあれば、十分です。
この有限の世界で、無限を手に入れることが出来ます。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「あくまでもポジティブ」
今日のごはん。
「空心菜のガーリック炒め」
ノルマンディのアトリエに戻りました。
秋の個展にむけて、一生懸命、カンバスと向き合っています。
来年の個展のために、パリで大きなカンバスを20枚、買いました。やる気です。あくまでもポジティブでいるために、まずは、道具を揃えました。死ぬまでに3000枚の作品を残してやろうと思っています。死んでる暇もないくらい、頑張るつもりです。
えいえいおー。
ということで、個展情報!!!
☆
パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」開催します。ピカソもぶっ飛ばす勢いです。
☆
2026年、1月中旬から3月中旬まで、日動画廊パリにて、グループ展に参加します。秋頃に、詳細が決まります。
また、お知らせします。
☆
そして、毎月3回やっている人生を語り倒すラジオ・ツジビルはこちらから、です。どうぞ。
☟
posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。